第10話『幼女転機』
「さあ勇者、案内するのじゃ。早くせんと役人が来てしまうぞ」
床に座り込んでいる勇者に、魔王が言う。
勇者は首を傾げた。
「案内って、どこに?」
「決まっておろう。おぬしら詐欺グループのアジトじゃ」
また勝手に危険な所に行こうとしている魔王を非難する。
「ええー!? 魔王、敵グループのアジトに突するの!?」
魔王は、眉を上げて返した。
「当たり前じゃ! ワシの許しを得ず悪事を働くなど、許せるはずがないからな!」
それって、悪事を働くのがダメなんじゃなくて、魔王の許しを得ていないのがダメってことだよね?
「じゃあ、魔王の許しを得たら、悪事を働いてもいいの?」
「それは構わん」
「なんで?」
魔王は両手を腰に当て、鼻で一息吹いて言った。
「悪事を統べるのが、魔王じゃからな!」
偉そうな態度でそう言う魔王だが、幼い女の子が粋がってるだけのようにしか見えない。
「ふーん。そんなもんなんだ」
粋がってるとか言ったら、きっと魔王は怒るので、言わないでおいてあげる。
「勇者よ、立て! このままここにいれば役人に捕まるだけじゃぞ!」
ビシッと小さな指で勇者を差しながら、偉そうにそう言う魔王の姿を見て、僕は我が儘な貴族のお嬢様を連想してしまい、思わず笑ってしまいそうになった。
「私のアジトなんかには、行かない方がいいですよ……」
渋る勇者を、魔王が囃し立てる。
「何をグズグズしておる。どのみちここにいては役人に捕まるだけじゃ。店を出るぞ!」
勇者は渋々立ち上がり、魔王と共に店を出て行った。
一緒に行くなんて一言も言ってないけど、僕も行くことが確定してるんだろうな……。
外から魔王の声が聞こえる。
「テュエよ、何をしておる! 行くぞ!」
はいはい、行きますよ。
「あーあ、バイト代貰いそびれたじゃん」
僕はそう呟いて、店を後にした。
僕たち一行はまた、森へと入った。
勇者のアジトは森の中にあるらしい。
この前森の中でスマホを見ながら歩いていたら魔王に注意されたけど、今その魔王がスマホを凝視しながら歩いているので、お返しに注意してあげる。
「魔王、スマホ見ながら歩いたら危ないよ」
魔王は聞いているのかいないのか、返事せずにスマホをイジり続けた。
「あのー、ちょっといいですか?」
勇者が僕に話しかけてくる。
「ん、何?」
「あの子供を魔王って呼んでいるのは、一体なぜなんですか?」
「なぜって……この人が、自分は魔王だって言ってるし……」
僕の返答に、勇者は首を傾げた。
「この小さなお嬢さんが、魔王に見えるのですか?」
もっともな意見だ。
僕も魔王の正体を知っていなければ、こんな小さな女の子が魔王だなんて絶対信じない。
勇者は続けた。
「魔王は、私が中年オヤジの姿に変えたはずですので、こんなに可愛らしい姿ではありませんよ」
思いがけないところで、魔王の言っていたことが本当だと証明された。
「魔王はオジサンの姿だったよ。今の魔王の姿は、僕の魔法で変化させたものだもん。ね、魔王!」
そう言うと、魔王はスマホを凝視しながら怒鳴った。
「今話しかけるなっ! あとちょっとで、バクシンオーの温泉が見れそうなんじゃ! ああ、最後のレースで負けおった! これで目覚まし時計もう使えんではないか!」
僕は怪訝に魔王を見た。
「魔王、あんまりそれ口にしないで。色々面倒だから」
勇者がさらに質問をする。
「さっきからそれは何をしているのですか?」
僕は溜め息を吐き、勇者に答える。
「それも聞かないで。色々面倒だから」
勇者にこの魔王のゲームのことを説明しようとしたら、スマホのことだけじゃなくて、転生前の世界から説明しなければいけない。
さすがにそれはしんどい。
僕は話を変えることにした。
「それよりも、アジトはまだ先なの?」
そう聞くと、勇者は首を横に振った。
「いえ、すぐそこですよ」
「あっ、そうなんだ。案外近かったね」
「ええ……」
勇者はそう返事すると、少し黙ってから切り出した。
「あの、無理を承知でお願いしますが、私をここに残してもらうことなんて、できないでしょうか?」
なんとも厚かましい要望だろう。
この人は自分が詐欺で僕から高額な金を騙し取ろうとしたことを忘れたのだろうか。
僕は勇者を睨み、答えた。
「はぁ? そんなことできる訳ないよね」
勇者は残念そうに俯き、肩を落とす。
そして、聞いてもいない身の上話を語りだした。
「実は、私の昔からの仲間に女戦士がいるのですが、私はずっと女戦士に騙されてきました。魔王を討伐すると民衆から崇められ、幸せに暮らせると私に言ったのも女戦士ですし、国王様から賜った魔王討伐の恩賞を一人占めしたのも女戦士ですし、生活苦で能力屋に能力を売って金を手に入れる方法を私に教えたのも女戦士なのです。そして女戦士は、私に詐欺のやり方を教えてくれました。……いや、詐欺をして稼いだ金で、詐欺のやり方を教えた授業料を払えと私に迫ってきました」
僕は黙って勇者の語りを聞いた。
勇者が極悪な性格ではないことは何となく分かる。
詐欺にしろ、裏で勇者を操っている人がいそうだとは思っていた。
まあ、だからといって勇者の詐欺が許される訳じゃないけど。
僕は勇者の語りを黙って聞き続けた。
「女戦士は、私が能力屋で売った能力を、自分が強くなる為に買っています。今では戦士なのに魔法力も桁外れにあり、おそらく人間の能力を限界まで極めた状態にあります」
なるほど。
この勇者は、女戦士にいいように使われて、挙げ句の果て、能力まで女戦士に奪われてしまったという訳か。
勇者は、僕と魔王を交互に見て言った。
「あなたたちがどれほど強いか分かりませんが、女戦士には勝てないでしょう。殺されると分かっていても行きますか?」
いや、僕は殺される殺されない以前の問題として、別に行きたい理由が一つもないのだけれども……。
魔王を見ると、やっとスマホゲームに型がついたようで、スマホをポケットに入れながら勇者に向かって言った。
「勇者よ。おぬしはそうやって逃げて、また繰り返しその女戦士とやらの奴隷として生きていくのか?」
「奴隷ですって!?」
勇者が魔王を睨む。
魔王は不敵に笑った。
「奴隷ではないか。女戦士の言うとおりにやって、今のおぬしは幸せなのか? これから先、幸せになれるのか?」
勇者は悔しそうに反論する。
「……幸せになるとか、どうでもいい。だけど、女戦士の言うとおりにやらないと、殺されるんです」
勇者の情けない言葉に、魔王は檄を飛ばした。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」
まーた言ってる、このヲタ魔王。
そろそろ本気で他方から怒られかねないから、マジでやめてほしい。
魔王は僕のジト目を無視し、続けた。
「やはりおぬしは奴隷じゃ。おぬしが行動する度に私腹を肥やしている者が誰なのか、おぬしは考えたことがあるのか?」
勇者は、ハッとした顔で魔王を見つめた。
言い返す言葉は無いらしい。
その様子を見て、魔王は眉を下げた。
「女戦士に勝って、おぬしは自由になるといい」
魔王の言葉が胸に刺さったのか、勇者は膝を地面につけ、急に泣き出した。
その様子を見た魔王は、優しい顔で溜め息を吐き、少し休もうと僕にアイコンタクトを送ってきた。
うん、いい話だったような気がする……。
しかし、全く感動できないのは、僕の感性が悪い訳じゃないはずだ。
だって、なんだこれ。
大の大人が、幼女に泣かされているこの奇妙な光景は。
魔王の姿、もう少しだけ大人にすれば良かったかな……。
ほんのちょっぴり、魔王のビジュアルを後悔する僕だった……。
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