第9話『落ちの子』
「魔王、戦うの!?」
そう聞くと、魔王は勇者を睨みながら答えた。
「当たり前じゃ! おいっ、勇者! 借りを返させてもらうぞ!」
勇者は魔王の言葉にフッと笑う。
「マオさんとやら、借りとは何ですか? あなたに何か貸した覚えはありませんねえ。返すと言うならあなたでも構いませんので50万ゴールド返してください」
マオさんって……。
迂闊に魔王って呼んでしまった僕のミスだけど、まあこの可愛い女の子が魔王だとは思わないだろうなあ。
「何が50万ゴールドじゃ! おぬしはどこまで腐り切っておる!」
魔王がそう言うと、勇者は目を細めて魔王を睨んだ。
「あまり暴言を吐くと、女子供だろうと容赦しませんよ」
おいおい。
それ、完全に悪者のセリフだよね!?
まっ、詐欺師なんだし、もう既に悪者で確定か。
「はぁぁあ!」
魔王が力を込めると、勇者は剣を抜いて構えた。
「やる気ですか、いいでしょう。かかって来い」
魔王と勇者が戦闘モードに入ったからか、二人の頭上に例の数値が浮かび上がってきた。
勇者の数値を見てビックリした僕は、それを魔王に耳打ちする。
「魔王、あいつにビンタしてみて。多分一撃で倒せるから」
驚いてこちらを振り向く魔王。
僕は耳打ちを続けた。
「あいつのHP、20しかないから」
「そ、そうなのか……。分かった。おぬしが言うなら……」
魔王は小さな声でそう言って、勇者に向かって走り出した。
そして、勇者の顔めがけて、大振りのビンタを放つ。
「えーいっ!」
──バチンッ!──
勇者は少女の姿の魔王に無警戒だったのか、大振りのビンタは頬にクリティカルヒットした。
「ふおおお!」
情けない雄叫びをあげ、引っ叩かれた頬に両手を当てながら崩れ落ちる勇者。
勇者のHPは2に変化していた。
「おぬし……本当に弱いではないか……」
魔王はそう言って、崩れ落ちた勇者を屈んで見た。
魔王は、意外にも残念そうな顔をしていた。
勇者が喋れるくらいに回復するまで、しばらく待った。
ふと、王の格好をした者が騒動の中いつの間にかどこかへ消えてしまったことに気付く。
「王とか言っていた勇者の仲間は、どこかに行っちゃったね」
「放っておいて構わんじゃろう。勇者の実力がこれじゃ、その者も大したことあるまい」
途中お店の店長が帰ってきたので事情を説明すると、店長はまた店を出て行った。
きっと役人を呼びに行ったのだろう。
「このままここにいたら店長が役人連れて来るけど、どうする、魔王?」
魔王は勇者に言う。
「おぬし、なぜそんなに弱くなったのじゃ? 前はもっと強かったじゃろう。HPも500以上あったではないか?」
僕は驚いて勇者を見た。
「えー!? そんなに!?」
今の、HP20しかない勇者からは想像がつかない。
勇者は床に座り込み、悪態をついた。
「ふん。そんなHP、とっくに能力屋に売ってしまったよ!」
「能力屋?」
知らない単語が出たので、魔王に質問する。
「この世界は、魔法や技、HPやMPなどを能力屋に売って金に変えることができるんじゃ」
そう説明した後、魔王は勇者に言った。
「もしかしておぬし、それら全ての戦闘能力を能力屋に売ってしまったのか!?」
勇者は遠い目をして、力なく小さな声で言った。
「勇者なんて職業は、魔王がいなくなったらただの無職なんだよ。魔王がいた時は勇者様ともてはやしていた民衆も王族も、魔王がいなくなった途端邪魔者扱い。そしてその日食う金すら無くなり、少しずつ能力を売ってなんとか生活していたんだ……」
魔王は哀れみの目で勇者を見ていた。
「だからといって勇者の能力を全て売ってしまい、詐欺を働いてしまうとは……」
魔王はそう言うと、振り返って僕に言った。
「テュエよ、どうする?」
「どうするって?」
「こやつにワシの呪いを解く力はもうない。ワシの呪いを解くには、こやつを殺すしかないようじゃ。殺せば呪いが解けて、ワシの魔法でおぬしは元の世界に帰れるようになるが……」
僕は首を横に振った。
「いい。帰れなくてもいい。この人殺すのは可哀想だよ」
僕がそう言うと、魔王は目を瞑り「分かった」と答えた。
勇者は魔王の宿敵のはずだ。
普通は、勇者を生かしておくなんて、魔王からしたら面白くない話だろう。
でも、僕が勇者を殺すことを否定した時、魔王は一瞬微笑んだんだ。
シャーラプールと隣町の戦争の時も思ったけど、この魔王は殺生を嫌う性格なんだと思う。
世界を闇にするとか言ってたくせに、優しい。
そんな魔王、僕は嫌いじゃないな……。
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