【カクヨムコン10 短編】動物図鑑

おひとりキャラバン隊

動物図鑑

「ほら、ケンジ君。これは何の動物かな?」


「え…っと…、分かりません」


「これは牛さん。毎日給食でミルクを飲んでるでしょ? あれは元々、この牛さんから絞ったミルクなんですよ」


「……はい」


 先生が動物図鑑のページを一枚めくる。次のページも僕が見た事の無い動物の姿が描かれていて、4本足で立つ、さっきの「牛」と教えられた動物よりも少し首が長い動物の様だ。


「じゃあ、これは何の動物か分かるかな?」


 先生の問いに僕はまた首を傾げながら、おそるおそる答える。


「えっと……、馬?」


「そう! よくできましたね! 偉いわケンジ君!」


 先生はようやく褒めてくれたけど、僕の答えは当てずっぽうだ。


 本当はよく解らないのに、適当に答えてやっと当たっただけ。


 他の生徒はみんな正しく答えられるのに、落ちこぼれの僕は全然答えられない。


 昨年、両親の仕事の都合でこの学校に転校してきてからというもの、算数と国語以外は僕の知らない事ばかりが授業で教えられていた。


 特に理科の授業は最悪だ。


 あまりに僕の成績が悪いので、先生が特別に放課後に補習をしてくれているのだけど、今も動物図鑑を開いて、描かれている動物の名前を答えるだけなのに、それが僕には難しい。


「3年生にもなって、動物の名前も答えられないのか」


 とクラスのみんなに笑われてしまい、今の僕には自信が無い。


 最初のページは「犬」だった。


 だけど、僕には答えられなかった。


 だって、僕の知っている犬とは全然別の動物が描かれていたから。


 次は「ウサギ」だと教えられた。


 僕が知っているウサギは、耳が長くて丸っこいカワイイ動物だけど、図鑑に描かれていた絵には耳が無かった。


 その次は「牛」だと言われたけど、僕が知っている白い身体に黒い斑点がある「牛」とは到底思えない姿をしていた。


 で、次は「馬」だったけど、これまでの答えの頭文字が50音順に並んでいる事に気付いて、当てずっぽうで応えたら当たっただけだ。


 で次は、何だか平べったい姿をしていて尻尾が長いのは分かるけど、手も足も無い動物らしく、これが何なのかが分からない。


 50音順ならば「う」か「え」から始まる動物じゃないかと思うが、図鑑に描かれた姿から、その動物が何なのかが想像できない。


「どうしたの? これも分からない?」


「……はい。分かりません」


 先生がため息まじりの残念そうな顔で僕を見る。


「これは『エイ』よ。海に居るお魚の一種ね」


(……これ、エイだったのか)


 そう言われればそう見えなくもない。


 だけど、僕が知ってるエイは、もっと肉付きが良くて……


「あの……、先生」

 僕は恐る恐る先生に訊いてみる事にした。「どうしてこの図鑑の動物の絵は、全部『骨』なんですか?」


 すると先生は不思議そうに首を傾げ、


「だって、これらの動物は100年以上も前に全部絶滅してるんだもの。残っているのは骨の標本だけなんだから、仕方が無いじゃない?」

 と悪びれもせずにそう言う。


 ……そう、都会に引っ越してきてから、僕は肉も魚も「培養肉」しか食べた事が無い。


 僕が昨年まで住んでいたアフリカの日本人学校では、普通に動物の肉が食べられたけど、夢の国だと思っていた憧れの日本に引っ越してきてからというもの、僕はハイテクで埋め尽くされた日本の食事に愕然としたのを思い出す。


 今の日本には農家や漁師なんて仕事は無く、全てが工場で作られる培養肉。今日の給食に出てきたスープなんて、コオロギから作られた肉が入っていた。


 そんなものはアフリカでも食べた事が無い。


 300年以上昔の日本は、世界でも屈指の経済大国で、みんなが豊かな暮らしをしていたとアフリカの学校では習っていたけど、今の日本はハイテクなだけで「豊か」だなんてこれっぽっちも感じない。


 そういえばクラスメイトもみんなガリガリに痩せて、腕や足も骨が浮き出た様な身体をしている。


 先生の顔も、痩せこけて骨の形が浮き出ているようだ。


 僕は視線を天井に向けて、大きくため息をついた。


(大人になったら、早くこんな国を抜け出して、アフリカに帰りたいな……。美味しい牛や豚の肉が食べたいや)


「ケンジ君? ほら、もう少し頑張りましょう。図鑑はあと50ページも残ってるんですからね」


 先生の励ましに、僕は肩をすくめて頷き、


「わかりました」

 と言いながら、またため息が漏れたのだった……。

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