ツバメ三十三号
覇気草
ツバメ三十三号
「こちらツバメ三十三号。船内に異常なし。今日も元気に遭難中。誰か応答されたし。誰か応答された――またか」
通信機から異音が発し、バンバンと叩くと火花と煙を吹いて動かなくなった。
「はぁ……とうとう、こいつも寿命か」
もう何十年も使っているオンボロだ。俺が叩いて壊れた訳じゃない。決して。
嫌な気分のところに、嫌な声が横から届く。
「おいユーゴ、壊したんならちゃんと船長である俺に報告しろよ。それと機関士のエリックに修理を頼んで、始末書を提出するんだ。いいな?」
「はいはい、分かってますよ」
船長席に座って指示だけしてるデイビットにてきとうな返事をし、俺は席を立ってブリッジから移動した。
通路はところどころが錆びついていて、相変わらず鉄臭い。塗装が剥げ、壊れた箇所なんかは凝固剤の硬い泡で固められたままだ。
「エリックめ……いつまでエンジンの修理をしてるんだ?」
愚痴を零しつつ凝固剤の間をすり抜けて機関室に到着。
中に入るとエリックは工具の散らばった床に寝転がっていた。
ブクブクに太ったおっさんが幸せそうな顔で寝ているのを見ると、なんかイライラするので横腹を軽く蹴っ飛ばす。
「うわっ、なんだよユーゴ! 人がせっかく気持ちよく寝てるのに」
「サボるんじゃねぇよ。いったいいつになったらエンジンが直るんだ?」
「そんなの分からないに決まってるじゃないか。何十年もこの船に乗っているけど、これまでの航行による消耗で元々ガタがきていた。それに今回の――隕石の衝突だっけ? それで完全にイカれた。手持ちの道具だけじゃ修理はほぼ不可能だ」
「だが可能性はある。そう言ったのはお前だろう?」
「かなりの時間を掛ければ、とも言った」
「……で、いつ直るんだ?」
「さぁ? 俺一人じゃ今のところ、どうしようもないとだけ言っておく」
「役立たずめ」
「お前がそれを言うか? それで、副船長様がこんな焦げ臭い場所に何の御用で?」
「あーそうだった。通信機が遂に御臨終になった。専門家の力で蘇生させてやってくれ」
「りょーかい。エンジンと通信機、どっちを優先で直す?」
「通信機で」
「わかった。起きたら直すよ」
話は終わりだ。
通路に戻り、始末書を書く前に気合でも入れようと食堂に立ち寄る。
狭い部屋の中、四人しか座れない椅子の一つに腰掛け、ぐったりとテーブルに伏せる女性が一人。レイアだ。
また寝てやがる……。
下手に触れるとセクハラにされるので、軽く肩を揺すってやる。
「おい起きろ。副船長様の見回りだ」
「あぁ、ユーゴ。あなたは今日も元気ね。私はもうダメだわ。放っておいて」
「そうはいかない。俺たちの心身の健康は唯一の看護師であるお前に掛かってるんだ。頼むから元気を出してくれ」
「無理よ。漂流してからかなりの時間が経ったじゃない。もう助からないわ」
「いいや助かるさ。まだ生きてる」
「……あなた、薬は飲んだの?」
「いや、まだだ」
「なら飲んで来なさい」
「ああ、何か食べて飲んだらそうする」
話を終え、併設されているキッチンで残り少なくなった缶詰を食べ、船長が残したお酒を飲む。
美味い。度数の高いアルコールが俺の心を癒してくれる。もうこれが無いとやっていけない。
次は医務室へ向かう。
清潔であることが義務付けられているから、この船の中で一番綺麗な場所だ。
出しっぱなしの俺の薬を手に取って口に含み、残り僅かなウォーターサーバーからコップに水を注いで胃へ流し込む。
「さて、くそめんどーな始末書だな」
気が滅入ってしまうが、書かないと助かった時にさらに気が滅入ることになるので、仕方なく自室に入って始末書の作成に入った。
もう何枚書いたか分からない始末書を完成させた俺は、紙にプリントアウトしてファイルに挟んで持って行き、ブリッジに着くなりデイビットの傍に積まれたファイルの山に載せた。
「ほらよ。あんたの大好きな始末書だ」
だがデイビットは何も言わない。
「……航海日誌、俺が書いといてやるよ」
傍に置いていた航海日誌を手に取り、サラサラと書き殴る。
今日も平和に遭難中。
遂に通信機も壊れたが、俺はまだ壊れていない。
明日も元気に生存だ。
「よし。これでいい。ふあ……」
薬の副作用で眠くなってきた。
コールドスリープで助かるまで寝ていたいが、生憎と隕石の衝突で壊れてしまっている。
隣を見れば船長は座ってまま眠っている。随分前から。
「おやすみ船長。また明日声を掛けてくれよ」
俺は目を閉じる。
きっと助けが来ると信じて、一人、この船の中で……。
ツバメ三十三号 覇気草 @John3Smith108
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