いとしのリヒテンシュタインさま 6 骨

ミコト楚良

骨抜き  前編

 フォルトゥナが見習い侍従になって、3ヶ月が過ぎた。

 図書室に集められた見習い侍従たちは円卓に座り、教官の講義を受ける。今日のテーマは、古語学だ。

 マティアス・ルラントは、フォルトゥナの斜め前に座った。そして、ちらちらとフォルトゥナのことを見ている。

 視線に気がついたフォルトゥナは、ほほ笑む。すると、でかい図体ずうたいの男子は、目線を反らす。10回、続けたところで、フォルトゥナは隣のカランに小声で、「何してるの?」と問いかけられた。

「にらめっこかなぁ」

 フォルトゥナも小声で答えた。

 マティアス・ルラントが眉を吊り上げて、真っ赤になっているのを、カランは(ふーん)と独り言ちた。


 そして、カランはマティアスが独りになるのを見計らって、声をかけた。

「ルラント君、エスト君のこと好きなの?」

「ばっ、ばかっ、そんなことあるわけねぇだろっ」

 図体ずうたいのでかい男子は、わかりやすく動揺した。

「展開が早いなぁ。一目惚ひとめぼれってやつ?」


 マティアスは必死で言い訳した。

「そっ、そんなんじゃねぇ。あ、あいつ、夕飯の時、オレがブタの脂身食べれないのを察して食べてくれたり、オレに多めによそってくれるように厨房ちゅうぼうに話しに言ってくれたり」

「そんなことされたられてまうな。でもさ」

 カランは続けた。「他の見習い侍従も、エスト君に骨抜きにされてる」

「えっ、……だろうな」

 マティアスは振り返った。


 見習い侍従は、みな10歳ほどの少年だ。いきなり独りで知らない者たちとの共同生活がはじまった。家が恋しくて泣く者もいた。辺境から来たマティアスのような者にとっては日常の常識すらちがって、なおさら心細かった。だが、フォルトゥ・ウィトレア・エストは自分よりひどい田舎者特有の思いちがいをしても、まったく引きずらない。へへへと笑っている。


「エスト君は、芯からの田舎者だ。マナーとか知らなくてさ。同室としても驚くよ」

 貴族の子弟であるカランはフォルトゥ・ウィトレア・エストが、肉用、魚用のカトラリーの区別もつかなかったことや、リボンの結び方に意味があることも知らなかったことを引き合いに出した。

「ちょっと目を放すと、雑草とか食べてるしね」

「あ、それ、オレも見た。整腸剤になるって言ってた」


 カランとマティアスは心を開いて話した。だが、互いに、いちばんの重要事項は秘したままにした。

(それはエスト君に直接聞こう)

 ふたりとも、そう思ったから。



 カランとマティアスは早い時点で、フォルトゥ・ウィトレア・エストが女だと気がついていた。

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