第35話
俺、行っちゃうよ。
俺みたいな男はいないよ。
止めるなら今だよ、今。
そんなことを言いながら、賢人は車までゆっくり歩き、何度も振り返った。
腕を組んで、唇を強くかんで見送る。
賢人の方へ行かないように。
余計なことを言わないように。
運転席に乗り込む前、賢人は笑顔で大きく手を振った。
屈託なく。まさしく小学生の男子のように。
口元だけで笑顔を返し、小さく手を振る。
早く行って。早く、早く。
エンジンがかかり、車が前進する。
スピードが上がっていく。
もう、賢人の目に私が映ることはない。
今すぐバックで戻って来て、走って、抱きしめてほしい。
二度と浮気はしないから。
そう言ってほしい。
そしたら、やり直せるのに。
ね、マモルくん。
マモルくん、そんな優しい目をしないで。
わかってる。
賢人のせいじゃない。
選んだのは私。
許すことができないのは私。
タクシーが来るまでの間、これでよかったのかを考えたいけれど、暑い。
たっぷりと海水を含んだ宮古の空気が、頭も体も、全てを包みこんでいく。
何も考えられなくなる。
まぁ、いいさぁ。正解なんて、どこにもないさぁ。
でもね、マモルくん。
やっぱり、あのとき、私が見なければよかったのかもしれない。
(終わり)
『浮気した元夫と、マモルくんがいる宮古島へ』原稿用紙50ページver yuzu @yusotok
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