第二話

 萩原の運転するバンは下道を抜け、高速に乗り、順調に目的地まで進んでいるところだった。

 「あのぉ、石原さん、メシどうします?この先のサービスエリアでも寄ってかないですか?」

 萩原が気の抜けたことを言った。そう言えばもう昼もだいぶ過ぎた頃だ。今まで気が張っていた分、確かに腹も減った気がする。

 「お前さあ。三人仲良く貴人かもしれないやつの骨運んでるって状況で、よくそんなこと言えるよなぁ。まあでもどうせ今日の作業は中止だから別に急ぐ必要もないか。よし、寄っていくか」

 こうして石原達三人は次のサービスエリアに立ち寄ることにした。

 

 サービスエリアに到着し、車を降りようとした時のこと。

 「おい、高村、お前はここで待ってろ」

 「ええぇ、僕いっちゃダメなんですかぁ、、」

 後部座席でポリバケツがひっくり返らないよう押さえていた高村が情けない声を上げた。

 「当たり前だろ。人の骨運んでるんだからよ、車上荒らしにでもあったらどうすんだ。安心しろ、メシは買ってきてやるから」

 「えぇ…でもこんな誰とも知らない骨入りのバケツ抱えながら飯食うの嫌ですよ」

 もっともな苦情だと思う。プッと萩原が吹き出すのが見えた。

 「高村くん、悪いけど我慢してよ。そんだけ近くで過ごしてるんだから、もう骨とも仲良くなったでしょ」

 ニヤニヤしながら萩原が言った。

 「なあ高村、今日の帰りにキャバクラでも連れてってやるからよ、悪いけど頼むわ」

 石原が合いの手を入れた。途端に高村は目を光らせて「まじっすか、やったぁ」と、声を上げた。高村のような単純な男はこういう分かりやすいのが一番有効だった。

 とりあえずは話が纏まったので、石原は車から降りようとした。

 その時、視線の端、サイドミラー越しに何かが見えた。

 反射的にサイドミラーを覗き込む。

 「うっ…」

 石原は思わず呻き声をあげた。

 車の後方のすぐ脇に、異様な男がぼうっと立っている。

 目は落ち窪み、瞳があるはずの場所は昏い深淵が広がっている。頬は、唇は、顎は、骨が見えるほど肉が削げ落ちている。いや、骨に肉がこびりついていると言った方が近いかもしれない。纏っているボロボロの布切れの隙間から見える肌は黒く変色し、体からはウジが湧き、ハエが飛び回っている。

 男はミラー越しに石原を見据えている。瞳が無いのだから果たしてこちらを見ているのかも分からないが、とてつもない悪意を向けられているのを感じた。


 ビュルリ。

 だらし無く開いた口から見える歯茎の隙間から大量のウジがこぼれ落ちる。見ているだけで不快な感情が込み上げてくる。


 ガクン。

 突然その男が一歩踏み出す。それと同時に首が落ちそうなほどぐにゃりと曲がった。

 

 怨、怨、怨、怨…


 おん、おん、オン、、オン…


 同時に、耳鳴りともつかない声が脳内に充満する。

 「ひえっ…」

 思わず悲鳴が漏れた。

 「どうしたんです?石原さん」

 萩原は声をかけてきた。一瞬視線を外し、再度サイドミラーを見ると、そこには男の姿は無かった。

 「な、なんでもねえよ、、」

 …クソ気持ち悪い。念の為車の後方を確認したが男がいた痕跡はなかった。こぼれ落ちたウジも流れ出ていた体液の後も見当たらない。やっぱり気のせいだよな、そう石原は自分に言い聞かせた。

 

 食事を終え、石原と萩原が車に戻り乗り込んだ。ほれよ、と高村にサービスエリア内のコンビニで買ったおにぎりを手渡すと、すぐに高村は袋を開けてぱくつきだした。骨の横でメシ食いたくないんじゃなかったのかよ、と半ば呆れながら適当にスマホを眺めていると。

 「わああああぁっ…!」

 車を発進させようとしていた萩原が突然叫び声をあげて後ろを振り返った。

 「お、お、お…、あ、あれ?」

 「うるせえな、おいどうした」

 「あ、あ…あの、い、今そのバケツの中から、ててて手が」

 「はあ?手がなんだよ」

 「しゅ、出発しようとバックミラーを見たら、いや、その、バケツの蓋が空いていて、その隙間から手、いや、ゆ、指が…それも、何人も…真っ黒い指が出てきた……ような…」

 後ろを振り返ると、相変わらず高村がおにぎりをぱくついている。その横のバケツの蓋はしっかりと閉じられている。

 「おい高村、食べるのはいいけどよ、バケツ押さえとけよ。倒れたらどうすんだよ。で、萩原、なんだよ指って。何もねえじゃねえか」

 「あ、そ、そうですよね…ちょっと、え?気のせいか…」

 高村は納得のいかない様子で首を傾げている。

 「お前、高村の指を見間違えたんじゃねえか?ミラー越しだしよ、大体そんなの出てたら高村が気づいてるだろうよ」

 言いながら高村を見るが、視線は手元のおにぎりにしか向いていない。これじゃ気づかないか、と石原は言ったあとに後悔した。

 「まあとにかくだ、バケツの中には骨と土しか入ってねぇ。バケツの周りには常に高村がいた。誰かが入ってるなんてあり得ねえ」

 そうは言っても、石原の脳裏には嫌でも先ほど見た恐ろしい光景が浮かぶ。何かの間違いだと自分に言い聞かせるように吐き捨てた。

 「いいか、よくわかんねえ骨なんてもん運んでるから変なこと考えちまうんだ。そんなもんは全部思い込みだ。さっさとそのゴミを山に捨てて帰るぞ」

 石原はキッパリとそう言うと、さっさと車出せよ!と萩原をこづいた。


 三人の乗る車はその後順調に進み、高速を降りた。下道はすぐに山道へと変わり、木々の間を大きく蛇行し登り下りを繰り返しながら深い山の中へと進んで行った。

 「そろそろだよな」

 石原が尋ねた。

 「ええ、ここの下り坂のカーブを曲がったら、もうあとは五分もかからないですよ」

 萩原が答える。車は随分と勢いよく長い下り坂を駆け抜けていく。

 「おいおい、急げって言ったけどなあ、あんまり飛ばしすぎんなよ」

 「あ、すいません。えっ、あれっ?」

 車はスピードを緩める気配はない。それどころか加速していくように感じる。

 「おい、あぶねえぞ、スピード落とせバカ」

 「えっ、えっ、ちょっ…。い、石原さん、ブレーキがき、効かない、ちょっ…」

 「はぁ?テメェふざけてんのか」

 ぐんぐんと加速する車は次第に急なカーブに近づいていく。萩原の足元を見ると、確かにブレーキペダルは限界まで踏み込まれている。

 「おいマジかよ、や、やべえぞおい!」

 「ちょっ、そんなこと言っても…うわぁああやばいやばいやばい!」

 スピードを緩める事なく車はカーブに向かって突っ込んで行く。その時、ぎゃあああ!と後ろで高村の叫び声が聞こえた。その瞬間、グンッとスピードが落ち、三人は前のめりに倒れそうになった。

 キイイィィィ!!!!!

 車が悲鳴をあげながらカーブの直前で停車する。ギリギリのところでブレーキが効いたらしい。あと数秒ブレーキが遅れたら石原たちは猛スピードで雑木林に正面から突っ込んでいただろう。

 「ハア、ハア、あう、あぁ…」

 「ハア、ハア、ハア…お、お前、俺たちを殺す気か!マジで突っ込むとこだったぞ!」

 抑えきれない怒りを萩原にぶつける。

 「す、、すみません…急にブレーキが効かなくなって。でも、なんで…」

 なんで効かなくなったブレーキがいきなり効いたのか、だ。それは石原も感じていた。高村の叫び声が聞こえた途端だ。そういえば高村は。

 「おい、高村、大丈夫か?」

 石原が振り返ってみると。

 後部座席はひっくり返ったバケツから飛び出た土と骨とが散乱している。そこに、高村がだらしなく仰向けに伸びていた。

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