骸遺物
千猫怪談
第一話
この日、石原は最悪な気分だった。
「なんでだよ、クソが」
空に向けてタバコの煙を吐き出しながら毒づいた。タバコの煙は曇った空に浮かび、空の色に混ざるように消えていく。
土地開発業者の主任担当である石原は、最近とことんついていなかった。前回担当した案件でのこと。順調に出世コースを歩んでいた石原は、その実力が認められ、ついに大型案件の主担当に抜擢されたのだ。社内でも今期の目玉プロジェクトという扱いであり、役員からの期待も大きかった。
プロジェクトは、用地取得や建設計画、そして建設後の売却先との契約合意まで順調に進み、あとはただ工事が進むのを見守るだけであった。ところが、工事に着手してすぐに下請けの業者から報告を受け、工事を中断することになった。
建設予定地の地盤調査で、埋蔵物が見つかったのだ。これは土地開発業者にとって非常に大きな問題であった。自治体によって埋蔵文化財包蔵地として認定された場合、文化財保護法に基づいて工事の中断と、発掘調査を行うことになる。当然、予定していた計画は全て大幅な見直しを迫られることになるのだ。
最悪なのはそれだけじゃなかった。こうした埋蔵物が発見された場合は、小規模な事業者を除き、基本的な発掘費用は事業者側の負担になるのだ。石原の所属する三葉エステート社は、小さいながらもある程度の事業規模であったことから、発掘調査に関わる費用が重くのしかかってくることになった。
工事が中断したことで、計画の見直し及び土地建物の売却の目処がたたないことと、負担することとなった発掘費用が重なり、今期売り上げ利益の下方修正を余儀なくされたのだった。周囲の人間からは不可抗力であり運が悪かったと慰められたのだが、それでも石原に対する社内の人間からの目は、どこか冷たいものになっていた。
皆、表立っては口にしない。石原に責任がある訳ではない。しかし、社に損害を与えたことは動かしようのない事実だ。三葉エステート社は小規模ながらも上場していたこともあり、株は投げ売られ、役員達は大口の株主から猛烈な突き上げを受けたらしい。
当然ながら石原も役員から直接呼び出された。事前の調査が甘かった、リスク管理が出来ていたのか、といった詰問を長々とされるハメになった。
そして今。
石原は土の中から出てきた年代物の人骨と対面している。次の案件での基礎工事の最中のことであった。骨は大層な木棺に丁寧に仕舞われている。身分の高い人間の骨なのだろうことは分かった。
「なんで俺だけが…クソッ…」
石原はもう一度そう吐き捨てると、空を見上げた。今の社内での石原の立場は、お世辞にもいいものとは言えない。しかし、埋蔵物の発見は石原の責任がないことから温情ある措置がとられ、さしたる処分もなく次のプロジェクトを任されていたのだ。
次の案件でもまた埋蔵物が見つかっただなんて言ってみろ。流石に周囲の人間は手のひらを返したように冷たく当たるだろう。出世コースからは完全に降りることにもなる。こんなつまらないことで俺の人生を棒にふるなんて真っ平ごめんだ。そう考えていると、現場の下請け業社の萩原が声をかけてきた。
「い、石原さん。…どうしますか、これ…」
石原の虫の居所が悪いことを察知してか、随分と遠慮がちな顔をしている。萩原はいつも石原が工事を発注していた零細業者で、発注者と受託者という関係以上に長い付き合いのある男だった。当然、前回のプロジェクトでの出来事も、今の石原の社内での立場も知っている。しばらく思案した挙句、石原は決心した。
「おい。萩原」
現場には基礎工事を依頼したヨシダ建設の作業員、萩原とその部下の高村だけ。幸いにも見つかったのは目の前の何百年前のものかも分からない棺に入っている骨だけだ。
「捨てにいくぞ」
萩原は一瞬理解できない顔をしたが、すぐに言いたいことを察したらしく、青ざめた顔に変わった。
「えっ…で、でもそんなこと…」
「うるせえよ。このことを知ってるのはお前と、高村と俺だけだ。こっそり埋めちまえば誰にもバレねえよな」
石原はギロリと萩原を睨みつけながら言った。萩原は困惑しているのか、所在なさげに視線を宙に浮かせている。
「お前だって、この前の件で会社で俺の立場が危ういのは知ってるだろ。また埋蔵物が出ましたなんて言ってみろ、俺はもう現場から外されちまうだろうよ。それに、俺が出世したほうがお前らにとっても都合がいいだろ。違うか?」
萩原は黙った。事実なのだ。石原は、萩原を子飼いとして扱い、仕事を有利に進めていた。萩原もまた、受託者として利益を得ているのだから、持ちつ持たれつの関係であった。
否、それ以上に。二人はある秘密を共有していたのだ。
石原は萩原の所属するヨシダ建設に対して、実態のない発注を行い、その資金の一部を石原に還元させる、所謂架空取引を行わせていた。それにより石原と萩原は会社に気づかれないように多額の資金を手に入れていた。つまりは共犯関係という訳だ。だから石原の社内での立場は、二人の今後の利益にも直結する。
「次の取引、お前の取り分を増やしてやる。だから手伝え。断れば分かってるな」
有無を言わさない口調で強く言った。こいつに断ることなんて出来ない、そうたかを括っていた。
「す、捨てると言っても、どこに…」
「俺が知らないとでも思ってんのか。お前らがいつも捨ててるところだよ」
萩原の顔が更に青ざめた。萩原たちは工事で出た様々な廃棄物をこっそり山の奥に持って行って捨てていることを石原は知っていた。もちろん表立っては行っていないが、収支が厳しい案件が重なると、利益確保のため、こいつらはたまにその山に不法投棄をして、少しでも廃棄にかかる手数料を削減していたのだ。石原はケチ臭い話だ、と半ば呆れながらそれを黙認していたのだ。
「わ、分かりました。で、でも…今からですか」
「当たり前だろ。分かったらさっさと高村にそこの骨運び出させろ。他にも何か出てきたら全部積み込んどけよ」
吐き捨てるようにそう萩原に言いつけ、石原は持っていたタバコを足ですり潰しながら思案する。
──これで俺の立場は安泰だ。
石原はそっとそう呟いた。
萩原はすぐに高村を呼び寄せ、持ってきていた大型のポリバケツに出てきたもの全て詰め込め、と指示した。高村は土なのか骨なのかの区別もなく掘り起こしたものをバケツの中に詰め込んでいく。
畜生、こんなところに埋めやがって、迷惑極まりない。どれだけ身分が高いやつなのか知らないが、後世に生きる俺たちの身にもなりやがれ。骨にまでなって俺たちに迷惑かけやがって、何の役にもたたねぇ骨なんてあるだけ邪魔だ、こいつにはどこぞの山で大人しく眠っているのがお似合いなんだよ。
心の中で石原はこれでもかと骨に向かって毒づいた。
「い、石原さん、準備できましたが…」
しばらく作業をしていた萩原と高村が、タバコを吹かしていた石原の元にやってきた。
「ああ、じゃあいくぞ。さっさとお前んとこのバンに詰め込め。それから、高村、お前バケツがひっくり返らないように後ろで抑えてろ」
「えぇ、、俺ですか…いや、でも」
「なんだよテメェ、なんのためにお前がいるんだよ、当たり前だろ。さっさとやれよ」
あからさまに嫌がる高村の頭を叩きながら命令した。高村という男は、根っからの小心者であり、日頃から厳しく接している石原には、萩原以上に逆らえないのである。ちょっと脅せば多少の無理は効くので便利な存在ではあった。高村は弾き出されるように車の後部座席にバケツを積み込みに向かった。
たっぷりと土の含まれた骨入りのポリバケツを引き摺り、バンに寄せていく。その時、高村が突然ぎゃあと叫び声を上げて転んだ。バケツの蓋が開き、中の骨の一部が土に混ざって散乱する。
「おい高村テメェ何やってんだ!」
目の前の光景に怒りの声を上げる。
「あっ、あっ…すすすいません」
「すいませんじゃねえぞゴラァ!寝ぼけてんじゃねえぞ」
石原の怒りは収まらず高村の胸ぐらを掴む。
「で、でも、今…な、、何かに手を掴まれて」
「はあー?てめぇ言い訳してんじゃねえぞ。さっさと元に戻せ!」
石原はさっさと車の助手席に乗り込み、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
運転席には萩原が乗り込み、それから少しして、ぶちまけたバケツの中身を戻し終えた高村が乗り込んだ。ここから二時間程度走ったところにあるヨシダ建設御用達のゴミ捨て場に向けて車を走らせたのだった。
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