第13話 夢

「久々にここに来たな。」

 気が付くと真っ白な空間にいた。何も置いておらず誰もいない。見渡す限り真っ白な空間だ。ここは眠った時にたまに来る場所だった。小さい頃は良くここに来ていたが、最近は来ていなかった。


「久しぶり。」

 声がした方向に振り向くと、工藤さんがいた。だが彼女らしからぬ妖艶の笑みを浮かべている。


「相変わらず趣味が悪いな。『婚約者』。」

「ふふふ。いいじゃない。ずっと彼女の姿を借りているのだから。」

 俺は彼女?を『婚約者』と呼んでいる。というより最初に来た時にそう呼ぶように強制された。最初にここに来た頃は、見ず知らずの場所で誰かわからない女の子がいて錯乱したものだ。だが、能力をコントロールできなかった俺に対し、時間をかけて緊張を解いてくれたうえに、この場所で使い方・コントロールを随時教えてくれた。

 時々何故『婚約者』と呼ぶようにしたのか聞いたが、笑って理由を教えてくれなかった。違う呼び方をすると拗ねるので渋々こういう風に読んでいる。高校生になって工藤さんを見た時、目が飛び出そうになったものだ。別人の場合、気まずくなるためここに来た時に『婚約者』に問い詰めた。その際に別人だと教えてもらった。姿を変えるようにお願いしたが、問い詰めた以降もここに来るときは工藤さんの姿のままだ。


「それでどうしたんだ?ここに呼んだということは何かまた教えてくれるのか?」

「いいえ。貴方の眠りが深かったから久々に呼んでみただけ。」

「深い?」

「簡単に言えば脳を酷使しすぎね。その回復のために眠り続けているのよ。」

「なるほど。」

 確かにあの日は連続で視続けていたからかなり無理をしていた。眠りが深くなるのも仕方ないだろう。


「それにしても大分視るのに慣れたみたいじゃない。あの1日であんな大立ち回りをするとは思わなかったわ。」

「ああ。この場所で訓練させてもらえたおかげでな。随分早く視れるようになった。」

 最初は過去・未来の映像は等速でしか視ることができなかった。だが色々な人を視るうちに早送り・一時停止・スロー再生で視ることができるようになった。満足そうに頷いている俺を見て、『婚約者』は不思議そうに首を傾げた。


「ねえ・・・。どうして彼女を助けようとしたの?」

「その姿をしておいてよく言うよ・・・・・・・。」

「でもそれだけが理由じゃないわよね。健吾君だっけ?彼に助けを求めたのも、彼なら必ず助ける・協力すると言うと信じていたから相談したんでしょ。」

「まあな・・・。」

 工藤さんの最後を視た時、目の前に健吾がいた。あの時一人で抱えきれなかったのは本当だが、健吾なら協力してくれるという確信があったからだ。思った以上に強引だったのは予想外だったが。


「健吾君は貴方にとって何なの?ただの親友だったら貴方は話さないわよね。」

「健吾は・・・・。親友であると同時に、俺の人生を救ってくれた恩人であるかけがえのない人なんだ。もうあいつがいない人生は考えられないほどに。」

 その言葉に『婚約者』はジト目でこちらを見てきた。


「・・・・・あなたってまさか男の人が好きなの?」

「おいおい。勘弁してくれ。」

「冗談よ。なら何故?彼は過去に一度助けただけでしょう。それなのにそこまでの存在になるわけ?」

「・・・俺は他人の人生を視られるようになって苦しいことだらけだった。だけど俺にとって人生を変えてくれた人が3人いるんだ。1人は『婚約者』、あんただ。小さい頃、あんたがいなかったら俺は発狂していただろう。」

「・・・・・・・・」

「もう1つは健吾だ。健吾に会って、あいつの人生を変えて。思ったんだ。」

「・・・・何を?」

「他人の人生を視ることで、他の人を助けることができるんだって。あいつのおかげで今はこの力を持っていてよかったと自信をもって言える。」

 今でも思い出す。健吾が怪我することを視て無理矢理医者に連れて行った日を。あの時健吾が泣きながらお礼を言ってくれた時のことを。あいつは自分が救われたと思っているが、本当は俺の方が救われている。この力は忌むべき力ではないと。そう思わせてくれたのだから。


「・・・・・・そう。」

「とは言っても、他の人全員を救うのは無理だ。だから最初に助けた健吾は最後まで関わろうと決めていた。それと同時に何かあった時は、あいつにだけは本音を言おうとも。」

 俺は正義の味方じゃない。それに未来を変えられるのも1日だけだと限られている。だから自分に縁のある健吾と工藤さんだけを助けると決めている。そして1人で無理な時は健吾に頼ろうと決めていた。心の底で怯えつつも健吾なら俺の能力を話しても信じてくれるという妙な確信があった。


「だから工藤さんも救うつもりだったのね。人生を変えてくれた最後の1人だから。」

「ああ。どうせあんたが工藤さんの格好をしているのもその辺りが理由だろ?」

「ふふっ。どうかしら。これでもあなたの恋を応援しているのよ。」

「えぇ・・・。」

 胡散臭そうに『婚約者』を見る。何度工藤さんを『婚約者』と呼びそうになったかわからない。これに何の意味があるかわからないが、まあ聞いても教えてくれないだろう。


「でも今回は相当無茶したじゃない。貴方が死ぬ未来もあった。それでも2人を守るの?」

「まさか。俺は臆病者だよ。3人が死なない方法を必死に探すさ。今回みたいにな。」

「・・・・・視れる力を得たことがなければよいと思った?」

「昔はな。今はあってよかったと思っているよ。」

「そう・・・。」

『婚約者』は嬉しそうに笑った。だが実際そうだ。この能力がなければ工藤さんを助けることは出来なかったのだから。


「貴方の力は貴方自身に拒絶されていたからその真価が発揮できなかった。」

「そう・・・なのか?」

 これでも真価が発揮できていなかったのか。そう思うとどこまで成長するのか怖くもある。


「ええ。でも自分を受け入れて、積極的に使うようなるようになったからこれからどんどん成長していく。」

「まだまだ成長するのか?」

「ええ。」

「そうか。なあ『婚約者』。図々しいのはわかっているが1つお願いがある。」

「・・・何かしら。」

 『婚約者』は再び妖艶の笑みを浮かべた。俺の言いたいことはわかっているのだろう。だがこれは俺が言葉にして頼まないといけない。


「俺の能力が成長するというなら、訓練してもっと能力を成長させたいんだ。だから前みたいに俺を鍛えてほしい。この能力をもっと使いこなしたい。」

 人身売買の組織の一部を潰したのだ。その報復が来る可能性がある。いや確実に来るだろう。俺や健吾は幹部に会う時に仮面をしていたが、組織に狙われていた工藤さんは別だ。そこから辿られる可能性が高い。組織に相対するためには、この力をもっと使いこなさないといけない。


「ふふっ。」

「何かおかしいか?」

「ううん。貴方は未来を視なくても正しい道を選べるように成長したのね。」

「・・・・そうなのかな。」

「ええ。その証拠に目が覚めたら、貴方の能力は少し成長しているわ。素晴らしいわね。」

「そうなのか?」

 俺は自分の身体を見回す。だが別に何も変わった様子もない。


「ええ。いずれわかるわ。でも一つだけ確認させて。」

「何をだ?」

「貴方が能力を成長させていけばいくほど人からは離れていくわ。それでも?」

 『婚約者』は悲しそうに俺を見ている。だが俺の決意は変わらない。力強く頷く。


「ああ。それにもう人の域をとっくに超えているさ。だから俺のやれることはやるって決めたんだ。」

「・・・・そう。わかったわ。そこまで覚悟ができているのなら何も言わない。私が教えてあげられることは教えてあげるわ。」

「・・・・・ありがとう。」

 俺は、『婚約者』に向かって頭を下げた。『婚約者』は嬉しそうに笑った。そして『婚約者』は上を見上げる。天井からの光がどんどん強くなっていく。


「そろそろ時間ね。」

「時間?」

「目覚めの時間よ。」

「もうか。」

「・・・・最後に頑張った貴方に1つだけアドバイスをあげましょう。」

「?」

 『婚約者』は俺に向かって囁く。その内容に俺は驚いて彼女を見る。その能力の使い方は考えたことがなかった。


「本来はこんなアドバイスしないんだけど。今回だけのサービス。頑張ってね。」

「ああ。ありがとう。」

 光で目の前が見えなくなった時、再び視点が暗転した。



「成長しなければ貴方はすぐに死んでいた。・・・・やはり人間は面白い。」



最後に『婚約者』が何か呟いていたが、よく聞こえなかった。

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