第15話




「由奈、怖い思いをさせて、ごめん。こいつが何か企んでそうだったから泳がせてみたんだけど、俺の計算が甘かった。ごめんね。そこの君も、由奈のことを守ってくれてありがとう」


 陸は部屋を出る直前、あたしとサユちゃんに小さく頭を下げた。サユちゃんは「いえ」と小さく声を出し、陸が頭を下げたことに驚いているようだった。あたしも「大丈夫だよ、陸」と声をかけると、陸は優しい顔をしてから部屋を出て行った。


「二人とも大丈夫!?」


 モカちゃんが涙目であたし達に駆け寄ってきてくれる。他の男子達は暴れた男の所為で痛めたであろう自分の胸や腕の部分を気にしていた。


「あたしは大丈夫!由奈は大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。サユちゃん、守ってくれてありがとう」


 心配そうに眉を下げるサユちゃんと、今にも涙がこぼれてしまいそうなモカちゃんの顔を見たら、安心して体の力が抜けた。涙腺が緩んで、あたしも泣いてしまいそうになった、その刹那。


「ひぃっ!」


 ダンッと壁を蹴ったような大きな音と共に男の叫び声が廊下の方から聞こえてきて、驚きに涙が引っ込んだ。


 孝や陸の声が小さく聞こえてきて、何事かと廊下へ顔を出す、と。


「あ?お前、今なんつった?」


 さっきの男の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける來の姿がそこにあった。


「ら——」


 名前を呼ぼうとしたが、声が消えていく。


 來は紅葉幹部の顔をしていた。男を上から睨みつけ、心底嫌悪する表情には冷酷さが感じられる。


「だ、だから!お前の女を人質にしようと」


 男の声が急に止まり、沈黙が流れた。男は真っ青な顔をして來を見ており、その唇は微かに痙攣している。


 來は静かに男を見下ろしていた。怒鳴るでも何を話すでもなく、ただ、じっと見つめていた。普段は底に沈んでいるおぞましい真っ黒な感情が這い上がろうとしているような、そんな恐ろしい目をしていた。


「來!そこまでだ!」


 近くでそれを見ていた陸が男と來の間に割って入り、距離を取らせようとするが、來はその場から動こうとしない。未だ、男から目を離さない來を見て、陸が眉間に皺を寄せる。焦っている陸は中々見ないから、そんなにまずい状況なんだ、とあたしは悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る