第8話 天野千景(あまの ちかげ)
翼と千景の二人は、荒廃した異世界の中心部に立っていた。目の前には黒い霧に覆われた巨大な扉があり、その上には異世界の文字が刻まれている。
「ここが……全ての終わりであり、全ての始まりってわけか。」
翼が扉を見上げながら言った。
千景は無言で立ち尽くしていた。その顔は冷静に見えたが、内心では激しい葛藤に揺れていた。
「千景、ここが最後の試練なんだろう?何か分かることはないのか?」
翼が問いかけると、千景は少し間を置いてから答えた。
「この扉の向こうには、私たちが求める答えがあるわ。でも……進むには“代償”が必要になる。」
扉がゆっくりと開き、中には光と闇が交錯する空間が広がっていた。そこには、この異世界を創造した「管理者」と名乗る存在が立っていた。
「よくぞここまでたどり着いた、選ばれし者たちよ。」
管理者は威厳に満ちた声で語りかける。
翼が剣を握りしめ、鋭い目で管理者を見据えた。
「この世界は一体何なんだ?そして、俺たちがここに連れてこられた理由は?」
管理者は冷ややかに笑いながら答えた。
「この世界は滅びを迎えつつある。お前たちにはその滅びを止める力があるかどうかを試すために召喚した。そして、その中でも特別な役割を持つ者がいる。」
その言葉に翼は眉をひそめた。
「特別な役割……誰のことだ?」
管理者の視線が千景に向けられる。
「それは彼女だ。“死神”の力を持つ者。彼女の力がこの世界の命運を握っている。」
翼は驚き、千景に目を向けた。
「千景……どういうことだ?お前が“死神”って……!」
千景は静かに息を吐き、翼をまっすぐに見つめた。
「そうよ。私が持っている力……それが“死神”の力。この力で、陽斗や美咲、他の仲間を現実世界に帰した。」
翼は愕然とした表情を浮かべた。
「なんでそんなことを隠していたんだ!?なんで俺たちに言わなかった!?」
「言えなかったのよ。この力は寿命を削る代償を伴うものだったから……もし知れば、誰も望まないでしょう?」
千景の声は冷静だったが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
管理者が再び口を開いた。
「さあ、選べ。お前たちのどちらかがこの世界に留まり、全てを救う存在になる。そしてもう一人は現実世界に戻ることが許される。」
翼は剣を握りしめながら千景を見た。
「俺が残る……!この世界を救うのは俺の役目だ!」
しかし、千景は首を横に振った。
「それはできない。あなたには現実の世界に戻って、他の仲間たちと生きる未来がある。」
「でも、お前は……!」
翼が声を荒げると、千景は静かに微笑んだ。
「私にはもう時間がないのよ。この力を使いすぎたからね。だから、最後にこの世界を救う役目を引き受けるわ。」
千景は手のひらに紫の光を宿し、管理者に向かって歩き出した。翼が彼女を止めようと手を伸ばすが、千景は振り返って微笑む。
「翼、これでいいの。私はみんなを守るために選ばれたのだから。」
紫の光が千景を包み込み、空間全体が輝き始める。その光の中で千景の姿が徐々に消えていく。
「千景……!」
翼が叫ぶが、彼女の声はもう届かない。
「ありがとう、翼……私に仲間がいる喜びを教えてくれて……」
千景の声が消えると同時に、光が爆発するように広がり、異世界全体を包み込んだ。
次の瞬間、翼は現実世界の自宅で目を覚ました。異世界での記憶はほとんど失われていたが、彼の胸には奇妙な喪失感が残っていた。
机の上には、一冊のノートが置かれていた。それは千景が異世界で使っていたメモだった。翼はそれを手に取り、ページをめくった。
最後のページには、こう書かれていた。
「翼へ——生きて。そして、仲間たちと幸せに。」
現実世界で元の生活に戻った翼と仲間たち。しかし、全員が何か大切なものを失ったような感覚を抱いていた。
「なあ……俺たち、何か忘れてないか?」
陽斗が呟くと、美咲や悠斗も同じような感覚を口にした。
その時、空に一筋の紫の光が流れた。彼らは何も言わずにそれを見上げ、心に温かい何かが灯るのを感じていた。
千景の犠牲によって異世界は救われ、仲間たちは現実世界に戻った。彼らは記憶を失ったものの、千景が残した「絆」の痕跡は心に刻まれていた。
物語は、希望と切なさを残して幕を閉じる。
異世界の殺人者 わたなべよしみ @reno2357
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