第195話 調査開始

 国の思惑について探るのは後回しにして、ミリエルとマルトの行動を観察する。


 二人は看板の説明を隅々まで読んだ後、顔を見合わせた。


[事前に知らせがあった通りの場所のようね]

[ダンジョンマスターの言うことを信じるなら、な]

[それを調べるのが私たちの仕事でしょ]


 疑い深いコメントをするマルトに、ミリエルが微笑みながら答え、躊躇いなく奥へと進む。肩をすくめたマルトもその後に続いた。


[たくさん部屋があるな……これ全部確認すんのか……?]


 長い廊下とそこに並ぶ数多の扉を見て、マルトが途方に暮れたような声を漏らした。


 調子に乗ってたくさん準備したから、一部屋ずつ調べるとなったら、少なくとも一日はかかると思うぞ? がんばれー。

 他人事な感じで応援したけど、ミリエルの考えはマルトや俺と違ったらしい。


[そんな面倒なことしないわ]


 微笑みながら答えたミリエルが、一番近くの部屋の扉に触れる。

 扉は、訓練所の入口同様に音もなく自動的に開いた。それをミリエルが満足そうに眺め、呪文を唱え始める。


[──【探索】]


 杖が軽く振られたかと思うと、先端から数多の光が飛び出した。

 その光は廊下を走り、扉を次々に開けて部屋の中に飛び込む。


 別のモニターに部屋の中を映すと、光が四方八方に飛び回り、たまに光の粒を散らしていた。


「なんだ、これ?」

『これも探索系の魔法の一種だと思うにゃー』

「一度に展開する数がヤベェな……」


 ミーシャの言葉に頷きつつ、たくさんの部屋をモニターに映して顔が引き攣った。

 すべての部屋で、光が何かを調べ回っている。これほどたくさんの部屋を一気に調べられるってどういうこと? さすがA級だな?


[ヒュー、便利だなぁ]

[貴方もちょっとは仕事をしたら? ──っと、探索が終わったわね]


 少し不満そうな顔をして何か言いかけたマルトを遮り、ミリエルが再び杖を振る。

 たくさんの光がすべての部屋から撤収し、ミリエルの前に集ったかと思うと、光の板のようなものを作り上げた。

 その表面に次々と文字が現れる。


[……これなんだ?]

[探索結果をまとめたものよ。部屋の中はすべて同じ。トラップなし、魔力濃度標準、魔物は六]

[魔物!?]


 ミリエルの報告に、マルトが目を見張って驚く。

 最も近くにある部屋を警戒した様子で覗き込み、しばらくした後に困惑した感じで[えー……?]と声を漏らした。


 中にいる、というかあるのは、仮想体アバターの子機であるベッドだけだから、魔物がいるとは思えなかったのだろう。


 俺も驚いたよ。まさか、仮想体アバターの子機を魔物として正確に認識されるとは……これ、この訓練所が危険視されて使われないってことにはならないよな?


 不安が湧き上がるのを感じながら、ミリエルを凝視する。

 訓練所の今後は、すべてミリエルの判断にかかっているだろう。マジで、頼むぞ……!


[そのベッドが魔物の一部のようなものね。でも、攻撃性は一切ないわ。遠方との通信魔道具に近い感じかしら]

[通信魔道具ぅう?]


 マルトがベッドをまじまじと見つめる。ミリエルの説明を聞いても、理解が及ばないらしい。その気持ちわかるぞー。

 ミリエルがなんでもお見通しでちょっと怖い。通信魔道具っていうのは、微妙に違う気がするけど。


[体をここに残して、意識だけが彼方に飛ばされるようね。安全配慮はされているわ。この魔物が私たちに危害を加えることはないでしょう]

[意味わからんけど、すげぇ怖いこと言われてる気がするぞ?]

[スルーしなさい]

[いや、ダメだろっ!]


 ニコッと笑ったミリエルにマルトがツッコミを入れる。

 まあ、普通に考えて、安全確認のためにここに来たなら、絶対スルーしちゃダメなところだよなぁ。ミリエル、わりと大雑把か? 説明を面倒くさがってる感じ?


[冒険者ギルドにはちゃんと報告するけど、これは体感する方が理解しやすいと思うわよ。あなたはこれに危険性がないことだけ理解しておけばいいわ。普通の冒険者なら『A級のお墨付き』というだけで思考を放棄するから、わかりやすく説明するなんて労力を払いたくないの]


 キッパリハッキリ[面倒くさい]と言い切ったミリエルに呆れを越えて尊敬する。

 依頼主にはちゃんと報告するらしいし、それで問題はないのかも? 現時点での相棒への配慮はないけど。


[そっかぁ……よし、ミリエルがそこまで言うなら信じるぞ]

[ええ、そうしてちょうだい]


 遠い目をしながら頷いたマルトに、ミリエルが当然と言いたげに返し、すぐさまベッドに歩み寄った。


[──部屋の数だけパラレルな仮想空間があるなんて、ここのダンジョンマスターは面白いことを考えるわね]

[マジでお前が何言ってんのか全然わかんねぇよ。俺が剣士だからか?]

[馬鹿だからじゃない?]

[……って、すげぇ直球でディスっただろ、今!]


 あまりにも普通のトーンで言われてスルーしそうになったが、マルトが慌てて抗議する。

 ミリエルは[あら? 私、この世界の人類の九割は馬鹿だと思っていたんだけど、あなたは違うと思うの?]ときょとんと首を傾げた。


 いろんな意味でスゲェぞ、このA級魔法使い様……。

 マルトはなんとも言えない表情でモゴモゴと口を動かすだけで、否定の言葉は出てこなかった。


 ……なるほど。【世界の人類の九割は馬鹿】というのは、わりと一般的な認識なんだな。

 俺もその認識は間違ってないと思うぞ。馬鹿というか楽観主義者多すぎって感じだけど。


『この魔法使い、なんか面白いなー』

『自分は馬鹿じゃない、ってプライドが高そうにゃ』


 リルとミーシャの評価に、俺も頷く。

 でも、ミリエルがこの国の平均より賢いのは事実だと思う。だって、使いこなしてる魔法の質が普通じゃない。

 まさか部屋の数だけパラレル仮想空間が存在することまで、ここを探索しただけで理解できるとは思わなかったなぁ。


 俺が感心していると、二人がベッドに横になるのが見えた。

 この部屋の危険性がないことを確認したから、早速仮想空間に向かうらしい。


 ぜひ隅々まで調査して、訓練所の有用性を冒険者ギルドに伝えてほしいな!


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