第244話 影の世界

 ──見事にフラグを回収した気分だ。

 俺は操人形マリオネの視界を共有したモニターを半眼で見つめながら、心の中でそう呟いた。


 モニターには、目を丸くして固まっている男の姿が映っている。冒険者らしい装いだが、いる場所がおかしい。


 だって、ここは影兎シャドウラビが潜む影の中なのだから。


『お〜、ニンゲンがここにいるの、はじめてみた〜』

『テンションを上げるような状況じゃないと思うんですけど』


 ぴょんぴょんと飛んではしゃぐ影兎シャドウラビに、操人形マリオネが硬い声で応じた。

 俺は「それな」と完全同意して頷く。


 影に潜める能力を人間が持ってるなんて、驚きだし脅威なんだよ。のほほんと『すご〜い』なんて歓声を上げてる場合じゃない。


 でも、まあ、影兎シャドウラビの気持ちがわからなくもない事情もあって──


『これはガブッとしていい人間かなー?』


 リルが穏やかな雰囲気のまま、目だけを爛々と輝かせて男を見据えている。

 蛇に睨まれた蛙どころではない恐ろしさを、男が感じているのは間違いない。


 こんなに強い味方がいれば、人間との遭遇をのほほんと楽しんでもしかたないかも。


『あー……マスター、どうします? やっぱり口封じすべきですよね?』

「すぐさま物理的手段に出ようとするのは、お前たちのよくないところだぞ……」


 そういえば、操人形マリオネも殺伐系魔物の一員だったなぁ……。

 頭が痛くなるような気分で俺が答えると、リルたちが声を合わせて『えー』と不満の声を漏らす。


 何が『えー』だ。可愛い声だな。こんにゃろ。

 みんなの要求が、男を物理的に口封じする(=この世とおさらばさせる)ことだとわかってなかったら、うっかり甘やかして許可しちゃうところだったぞ。


 とはいえ、この男をどうするべきか、すごく悩ましい。

 時間を巻き戻してなかったことにしたい。


 んー、と対処法を考えていると、男の方が先に動いた。

 両手を顔の横に上げ、わかりやすく降参のジェスチャーをしている。


[何を言われているか、ほとんどわからないのですが、えっと……マスターさんがどこかにいらっしゃるんですね? 私の声が届いていることを願って申し上げますが……私が現在とても危機的状況にあるのは察して余りあるので、交渉の余地をいただけますと幸いです]


 なんか回りくどい敬語まみれの言葉を久々に聞いた気がする。

 ちょっと日本人的シンパシーを感じるぞ。


『……どうします?』

「気になるから、話を聞いてみてくれ。リルは一旦威嚇をやめようなー?」

『威嚇なんてしてないよー? 見つめてただけだもん!』

神狼フェンリルに見つめられたら、それだけでたいていの人はビビるんだよなぁ……」


 えへっ、と茶目っ気のある返事をするリルを見て、俺は遠くに視線を移して乾いた笑みを浮かべる。


 味方じゃなかったら、リルの前に立つことすら俺は恐ろしい。

 そう考えると、リルに睨まれても交渉を求められる胆力があるこの男は、すごいと思う。


『マスターが話を聞いてやろう、と言っています』


 リルが纏う雰囲気を和らげたところで、操人形マリオネが男を見据えて話し始めた。


 その話し方だと、俺がすごい偉そうに聞こえるのは気のせいか? え、俺ってそんなに高圧的な感じ?

 なんだか微妙な気分だぞー。


[ありがとうございます。では、まずは自己紹介から]


 男は少しホッとした様子で息を吐き、静々と頭を下げた。


[──私はタイシと申します。この地を管理する役目を担っている一人です]


 おっとぉ……なんとなく予想はしていたけど、まさか本当にそうだったとは。

 でも、影に潜めるなんて能力を持つ者が、普通の人間なわけがないよな。普通の人間がやってたら嫌だし。


 というか、って、今言ったか?

 つまり、タイシを含めて、二人以上の者がこの地の管理に関わっている、ってことだよな。


『……あれ? タイシ? それって、ここで姿を消した勇者の名前じゃありません?』


 操人形マリオネがパチリと目を瞬き、驚いた様子で尋ねた。

 俺も「マジか……」と驚愕の声が漏れる。

 ここにいるかもしれないとは思っていたけど、こんなに早く出会えたのは予想外だ。


[ああ、ご存知でしたか。そうです。私はかつて勇者として使われ、今はここに逃げ込んで生きている人間です]


 タイシがニコリと笑う。

 言葉の端々に、勇者として扱われていた頃への不満が滲んでるのは、気のせいじゃないはず。


 歩夢から聞いた話を考えればさもありなん。

 勇者がこの世界の者、特にその身を置く場所となる神殿に、良い印象を持っているはずがない。ずっと監視され、こき使われるのだから。


『へぇ、生きてたんですねー。随分と若く見えますけど』

[勇者としての仮初の体に嫌気がさして、捨て去ったので。今の体は、日本で生きていた頃のものをトレースして再現しています]


 やっぱり日本人か!

 焦げ茶の髪と目で、彫りが浅い顔立ちに、すげぇ親しみを感じてたんだよな。


 ……まあ、その事実が霞むくらい、なんかヤバイこと言われた気がするけど。

 体って捨て去れるものなんだ? あと、簡単に新たな体をゲットできるものなんだ?


『そんな能力は初めて聞きましたよ』

[私の勇者としてのユニークスキルですからね。私は幻影を操る力に長けていて、生み出した幻影を現実のものにすることもできます。まあ、べらぼうに魔力を必要とするので、本来であれば多用はできませんが。影の世界にいられるのも、この能力の一部ですね]

『なるほどー……よくわからないですけど、勇者ってすごいですね!』


 操人形マリオネ、理解を諦めたな。その気持ちは俺もわかる。

 勇者は理解不能なくらい凄い能力者。これがこの世界の常識である。


 それはともかく。この地に来て抱いた疑問のいくつかは、タイシの言葉で答えをもらったようなものだな。


 ダンジョンのような環境も、宝箱のアイテムも、尽きない魔物も──すべて、タイシの能力によって作られたものだった。

 その力の源となっているのが、地獄の穴の魔力(または灰色物質)であるのは間違いない。


[お褒めいただきありがとうございます。自己紹介はこれくらいでよろしいでしょうか?]

『そうですねー……?』

「とりあえずは、それでいいぞ。詳しい話に入ってくれ」


 こちらの意思を問うような操人形マリオネの曖昧な声に返事をする。

 タイシからどんな話をされるのか楽しみだ。

 同じ日本出身者として、たいていの要求なら受け入れられると思う。


『では、どうぞ』

[はい──先ほど私が言った〈日本〉という言葉に、なんの問いかけもありませんでしたが、あなたのマスター様は日本をご存知ということでよろしいですね? 同じ世界出身の勇者、またはダンジョンマスターだとお見受けしますが]


 ニコリとタイシが微笑んだ。

 なんか思ってたよりしたたかな感じの人な気がするぞ……?


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