怪人になるということは

今日も今日とて少女が雑貨店ざっかや店番みせばんをしている頃、あるおばあさんがやってきた。


彼女は口元くちもとをしきりにモゴモゴしている。


なぜだか必死の形相ぎょうそうで口元を押さえているではないか。


カンの良いシエリアはの依頼だなとさとった。


「はいはい。今、リストを見せますね。そこからピッタリ来そうなものを選びましょう」


彼女が前屈まえかがみになると頭の上を何かが通り抜けていった。


「ジャキィィィィン!!!!」


振り向くとたなにはトラバサミのようなものがらいついていた。


ガジガジと音を立ててたなえぐっている。


ひと目、見るとすぐにシエリアはその品物を鑑定かんていした。


「あれは……トラバサミ・ティースだ!! のろいの入れ歯の!!」


すぐに老婆ろうばが声を上げた。


「ふがふが、それはイカンよぉ!!」


雑貨屋少女ざっかやしゃうじょ身構みがまえたが、入れ歯のほうが速かった。


「ふむぐッ!!」


のろいのアイテムはシエリアの口にハマってしまった。


「あぁぁ!! かじりたい!! くだきたい!! ふが、ふががが!!」


押さえきれない衝動しょうどうおそわれる。 


のろいの効果について、シエリアは把握はあくしていた。


しかし、専門家せんもんかではないので解呪かいじゅの方法についてはサッパリである。


さいわいなことに解呪屋かいじゅやさんが同じまちにいる。


そこまでたどり着けばよっぽど強力でない限り、のろいくことが出来る。


シエリアは両手で口元を押さえながら、急いで走り出した。


あのおばあさんがふがふが言っていたのはこういうことだったのである。


行く道の途中、人だかりが出来ていた。


彼ら彼女らは地面の穴をのぞいている。


「猫がつまってるんだとよぉ」


「あんなに深い場所で……。動けないみたいだわ」


「あぁ……可哀想に。助けてやりたいけど……」


それを聞いてか聞かずかシエリアは地面をかじり始めた。


どうやらこの入れ歯はみつくだけでものを飲み込むわけではないらしい。


するとシエリアはまるで掘削機くっさくきのように路地にめり込んでいった。


同時に周辺をかじり、穴を開けていく。


一同は唖然あぜんとした。


あっという間に少女はねこの手前までくだいた。


寸前すんぜんのところで止まる。理性りせい衝動しょうどうのせめぎあいである。


「う〜ん、ねこ、かじってみたいな」


シエリアの思考しこうは半分くらい歯に侵蝕しんしょくされていた。


「ガジッ、ガジッ!!」


なんとかこらえるとシエリアはねこを拾って穴から飛び出した。


救助が完了するとおどろくく人たちを無視してシエリアはまた走り出した。


今度は親子連おやこづれが目に入った。


「ベビーカー、ベビーカー、ガジガジ!!」


どんどん理性りせいがなくなっていく。


のろいのアイテムというのは恐ろしいものである。


そのとき、頭上から声がした。


おくさんあぶねぇ!! けて!!」


建設業けんせつぎょうの男性が落とした金属製きんぞくせい工具こうぐが降ってくる。


母親らしき女性が上を向いたが、もう遅い。


これは直撃!! 彼女は大怪我おおけがまぬかれない!!


と思われたが、シエリアはちゅうんで空中の工具こうぐらいついた。


「ガリッ、ガリッ、ゴリゴリ!!」


見事みごと金属きんぞくかたまり粉砕ふんさいしながら着陸し、また走り出した。


先ほどと同じく、親子連おやこづれと建設業けんせつぎょうの男性はあまりの出来事にただただ立ち尽くしてしまった。


少女がひたすら走っていくと今度は人々がさわいでいる。


そばでは建物から黒い煙が上がっていた。


消防しょうぼうはまだかい!? 消火栓しょうかせんが開かねぇよ!!」


激しく火の手が上がっている。建物火災たてものかさいだ。


通常は消火用の水が大量に出るはずなのだが、どうも調子が悪いらしい。


多くの人が懸命けんめいにバケツリレーをしている。


するとシエリアは突如とつじょ消火栓しょうかせんみちぎった。


もはやその行為こうい理由わけなど無い。


とりあえず何かしらみちぎれば満足なのである。


そして、破壊されたせんから一気に水がき上がった。


大量の水は火事場かじばに直撃し、燃える建物の火をを消した。


結果を見届けるまでもなく、シエリアは再び疾走しっそうを始めた。


今度は街の中の坂道さかみちどおりを上り始めた。



かなり急な坂だが息一つきらさない。


のろい副効果ふくこうかからか、シエリアのフィジカルは常軌じょうきいっしていた。


その時、坂の上から馬車から脱輪だつりんした車輪しゃりんが転がってきた。


「あぁぁ!! じょうちゃん、どけてくれぇ!!」


かなり巨大な車輪しゃりんである。


坂の下には商店街しょうてんがいが広がっていて、このまま放置すると間違まちがいなく被害はがいが出る。


だが、もはや少女にとってはそんなことはどうでもよかった。


「ガァフ!! ガフガフ!!」


シエリアはその場でみとどまりながら、器用きように歯だけで車輪しゃりん粉砕ふんさいした。


そこに居合いあわせた人たちもただただビックリするばかりだった。


あまりの破壊力はかいりょくにギョッとした人もいた。


雑貨屋ざっかや一周回いっしゅうまわってまた街中へ戻ってきた。


「ヘーイ!! ガールズ・エン・ジェントルメン!! 今年もセポール激辛大食げきからおおぐいチャレンジがやってきたぜ!! それじゃ、早速さっそく!!」


商店街しょうてんがいもよおものだ。


シエリアはなぐり込みで会場を通り抜けつつ、すべての激辛げきからメニューをかじってしまった。


「ヘイ……。ウソだろ? さらまで食べてっちゃったよ……。な、なぞのガールの優勝だぁ!!」


からさのあまり、口の周りがれた。


激痛げきつうに襲われ、シエリアは思わず泣いた。


疲労ひろうでやつれ、表情もゆがんでもはやドロドロである。


そうこうしているうちにやっと解呪屋かいじゅやさんが見えてきた。


黒いローブを着て、フードをかぶった彼女がのろいのエキスパートだ。


持ちつ持たれつで、シエリアの良いビジネスパートナーでもある。


なんでもかぶものの内側は結構カワイイらしい。


雑貨店少女ざっかやしょうじょはモゴモゴと口を押さえた。


必死ひっし事情じじょうを伝えようとするが、が暴れて思うようにいかない。


解呪屋かいじゅやさんはあわてるシエリアにはんして落ち着いていた。


「やあやぁシエリアさん。話は聞きましたよ。街中まちなかであちこち派手にやったみたいですね。その調子だと……トラバサミ・ティースでしょ?」


のろいのエキスパートは人差ひとさゆびを振った。


そんな悠長ゆうちょう問答もんどうをしている場合ではない。


シエリアはくるしそうに口を押さえてジタバタした。


「ああ、待ってください!! 今さっき、準備してたんですよ!! そののろいは思う存分ぞんぶんんでんでみまくって、満足した時にけるんです。だからこれを!!」


解呪屋かいじゅやさんは何かをちゅうに投げた。


「うわっ、みつかないでくださいよ!!」


シエリアはパクっと投げられたものにらいついた。


すると彼女の気分は落ち着き始めた。


「こ、これは……。んでもみ切れない″グミ・∞《インフィニティ》!!″」


こうしてシエリアのみたい衝動しょうどうおさまった。


ただ、のろいが解けるまで3日くらいかかった。


シエリアはその間、常にモゴモゴとグミをむはめになった。


そのため、常にニコニコしながら接客せっきゃくせざるをないのだった。


そんな中、なんでも食べてしまう怪人かいじんが出たと街中まちじゅううわさが広がった。


ひれがついて完全に化物扱ばけものあつかいになってしまった。


あながち間違まちがいでもない気はするが。


どうやら都合つごうよく、シエリアがやった事だとは思われていなかったらしい。


セポール7不思議ふしぎ仲間入なかまいり確実だった。



おばあさんのを探すだけのつもりが大変な目にあいました。


時には私がとらぶる・ぶれいきんぐしてもらうこともあるみたいです。


にしてもあんなにあばれまくったなんて言い出せるわけ無いじゃないですか。


怪人かいじんになるっていうのはずかしいことなんだな……というお話でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る