カレーねえちゃん

クランドール王国おうこくの3番目に大きい街、セポール。


そこには密かに噂になっている雑貨店ざっかてんがあった。


なんでも、そこにはどんなトラブルでもう「トラブル・ブレイカー」がるという。


―――セポールのメインストリート、ミュゼッテどおりを一人歩く老婆ろうばがいた。


「えっと……ミュゼッテ通りの入口からセポール駅のほうへ歩いて、4つ目の路地ろじを右に……」


老婆ろうば裏路地ろじうらのぞき込んだ。


まだ日中にっちゅうにもかかわらず、裏路地うらろじ薄暗うすぐらかった。


「あったわ。怪しげなランタンのさがった雑貨店ざっかてんさん!! ここが″シエリアの店″ね……」


その店のあるじは子どもたちに駄菓子だがしを売っていた。


「はいは〜い。みんなゴリゴリ君はずれね〜。また再挑戦さいちょうせんだね〜」


子どもたちはしたうちをしながら帰っていった。


自分もこっそりアイスバーを食べていた店主は残ったぼうながめた。


「あ〜!! 当たったっちゃった!! らっき〜!!」


老婆ろうばは目を見開みひらいた。


なんでも解決する凄腕すごうでと聞いて来てみたものの、イメージとちがいすぎたのだ。


彼女は全体的にやわらかな雰囲気ふんいきかもしている。


そもそもあんなに若い小娘こむすめだとは聞いていない。


凄腕すごうでどころか、本当に依頼をこなせるのだろうかというほどの風貌ふうぼうだ。


老婆ろうば色眼鏡いろめがねで人を見るのはよくないとは思ったが、それにしても頼りなかった。


彼女のかみの長さはミディアムで、色はあわいピンクをしていた。


ウェーブがかったクセっ毛が特徴的とくちょうてきだ。


これがゆるふわ感に拍車はくしゃをかけていた。


くりっとしたまんまるの碧眼へきがんに、低くて小ぶりな鼻、大して化粧けしょうするでもなく、くちびるもあどけない。


そしてき通るような白いはだ


セポールはほどほどに大きな街だが、彼女は良くも悪くも垢抜あかぬけていなかった。


純真ぎゅんしんさを体現たいげんしたような見てくれである。


背丈はちいさく、まるで小動物のようなあいくるしい姿だった。


とてもおさなく見える。一体、何歳なんさいなのだろうか。


パッと見る限りでは10代前半に見える。


果たしてこの歳で仕事がつとまるのだろうか?


「こんにちは!! シエリアの店へようこそ!! 何か御用ごようですか?」


店主てんしゅのほうからフレンドリーに声をかけてきた。


「あっ、あの、その……トラブルナントカさんかかねェ?」


そう尋ねると少しだけシエリアの顔が引きまった気がした。


そして老婆ろうばは依頼内容を伝え始めた。


「あたしゃトリー・トリー。明後日あさってまごが遊びに来るの。孫は私のお手製てせいカレーが大好きでねェ。いつも、このめずらしいカレーを使うんだけれどね、ちょうど切らしてしまってね」


トリーは小さなカレーのかんを抱えている。


「失礼……ちょっと見せてくださいね」


それは片手に収まるサイズだった。


シエリアはその缶を眺めると、分厚ぶあつい商品カタログを取り出した。


ペラペラとすごい勢いでめくると、すぐに目的のページに辿たどり着いた。


すさまじい速さであるとトリーの素人目しろうとめにもわかった。


華麗かれいなるカレー……ですね。めずらしいだけあって、最近はどの店でも取扱とりあつかいしてませんね……」


それを聞いてトリーはしょぼくれた。


「そうかい。それじゃ仕方ないねぇ。トラブル・ブレイカーさんでも出来ないこともあるねェ」


決して嫌味いやみではなかったのだが、少女としては聞き捨てならなかった。


またもやシエリアはカタログをめくりだした。


「とろとろハーブに、幼齢ようれいニンジン、春虫秋草しゅんかしゅうそう紅蓮ぐれんおんタマに、華麗かれいかれいエキス、昏睡草こんすいそう一角獣ユニコーンのツノ、リザードマンの目玉、マダラザルの内ぞ……」


後半になるにつれ、ゲテモノだらけになっていく。


美味とされるカレーはこんなもので構成されていたのか。


「これならすべての材料を用意できますよ。特注しても素材はうちの店で売れるので、ちょっとお高いくらいでお売り出来ますよ」


それを聞いたトリーは笑みを浮かべた。


「本当かい? そりゃうれしいねぇ。それじゃあ、あんたに頼んだよぉ。明後日あさってまでにね。かん成分表せいぶんひょうを元に作ってくれるんだろう?」


シエリアはニコニコしながら答えた。


「アッ、ハイ」


老婆ろうばが帰っていくとシエリアは頭をかかえた。


「うわあああぁぁぁ〜〜!! またやっちゃったよぉ!! 成分表せいぶんひょうだけでなんとかなるわけ無いってぇ!! 調合ちょうごうはともかく、味の再現さいげんなんて出来るわけ無いよぉ!!」


こんな時、彼女は高級アイスのブランド″エリキシーゼ″を食べて一息つくのだ。


「パクっ!! ふ〜。おいひ〜〜〜」


その時、少女に衝撃が走った。


「こっ……これ、カレーのフレーバーだ!! 限定で売ってた華麗かれいなるカレーコラボ!! 味を完全再現かんぜんさいげんしたって、売り文句もんくの!!」


どうやってカレーをアイスに落とし込んだのかはサッパリわからなかったが。


ともかく、これを味見しながら素材を調合すれば華麗かれいなるカレーになるのではないか?


シエリアは調合だけでなく、料理にも明るかったので微妙な味や風味ふうみの差には敏感びんかんだった。


「うーん、甘みが強すぎる。入れる順番が違うなぁ」


「えっと、リザードマンの目玉はしんをくり抜いて……」


「成分表のポトポト汁? そんな素材ないよ。なんだろコレ……」


「うわぁ!! っさ〜」


トラブル・ブレイカーは不眠不休ふみんふきゅう華麗かれいなるカレーの再現をこころみた。


そして、約束の朝が来た。


依頼人は少し不安そうな表情だったが、カレー粉を受け取ると帰っていった。


あとは上手くいっていることをいのるしか無い。


徹夜てつやで疲れ切ったシエリアはボーッとしながらカレー粉と素材を片付け始めた。


「にしても気持ち悪いモノばっかだったなぁ……」


店のバックヤードに移動している時、少女は不注意ふちゅういで床に転がったビンをんづけた。


「あっ!!」


すると、彼女は転びながらカレー粉を頭からかぶってしまった。


「うわっ!! ぶふぅッ!!」


ピンクがみ黄色きいろこながべったりとくっつく。


すぐに少女は風呂に入って体中を念入ねんいりに洗った。


さいわい、カレー粉は落ちた。においもしない。


だが、それは大いなる間違まちがいだった。


昼になって店を開くと、いつもどおりに子どもたちが駄菓子だがしを買いに来た。


「う〜っす!! シエリアねえちゃ……うわっくっせえぇ!!」


わんぱく少年は鼻をつまんだ。


「ねえちゃんカレーくさいよぉ。いっぱいカレー食べたの?」


天真爛漫てんしんらんまんな少女も鼻をつまんだ。


「え゛!?」


シエリアは自分のにおいをいだが、全くわからなかった。


彼女はカレーを吸いすぎて鼻が馬鹿ばかになっていたのである。


お客さんたちは思わず笑いだした。


結局、トリーは華麗なカレーに満足したようで依頼は大成功した。


そしてシエリアは充足感じゅうそくかんに満たされた。


これだからこの仕事はやめられない。


しかし、カレーにおいは三日三晩みっかみばん落ちなかった。


その間だけシエリアのあだ名は″カレーねえちゃん″になってしまうのだった。



おばあさんとお孫さんに無事にカレー粉を届けられてよかったと思います。


でもまさか、鼻が麻痺まひするまで吸い込んでしまったとは思いもしませんでした。


それはそうと、″カレーねえちゃん″ってなんか妖怪ようかいっぽくないですか? 


口からカレーを吐いたりするんですかね?……というお話でした。

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