わたしは……

子乙女 壱騎

第1話

 わたしたちは二人で一つ。


 いづれお互いに好きな人が出来て違う道に進んだとしても。


 未来永劫それは変わらない……ずっと――




「みぃ~ゆぅ~~っ!」


「ひゃんっ!?」


 目が覚めて顔を洗いに部屋を出て早々『わたし』に抱き着かれた。


 艶やかな髪を緩やかに束ねた若干幼さを残しながらも整った顔立ちの『わたし』は、一頻りわたしの胸元にぐりぐりと頭を擦り付けてから上目遣いで口を開いた。


「ごめんねぇ、みゆぅ。今日は卒業式の日だっていうのに一緒に登校できないでいて」


 後悔の念から悲しげな表情でわたしを見詰める『わたし』もとい――


「大丈夫だよ。わたしが自分で決めたことだから美亜みあが謝る必要はないから」


 ――双子の姉である美亜の頭を優しく撫でる。


 わたし、烏丸からすま美由みゆと美亜は両親すらも見分けがつかない鏡写しな容姿の一卵性双生児。


 生まれた時からいつも一緒だったわたしたち。


 だけど……。


「もお~、わたしが言うのも変だけどさぁ。美由は可愛いんだからいい加減に止めようよ」


がわたしだから。そんなことよりお友達が待っているんだから早く出た方がいいんじゃない?」


「むぅ~っ! じゃ、じゃあ。最後くらい一緒に帰ろうっ! 約束だからねっ!!」


 わたしの返事も待たず慌しく出ていく美亜の背中を見送ってからの続きを進める。


 艶々の髪を手櫛でぐちゃぐちゃに掻き回して『ボサボサ』に、某薬屋の小説で知った特殊メイクをヒントに鼻と頬に『そばかす』を作り、黒縁眼鏡を掛けて伸ばした前髪で目元を隠せば――


「うん。今日もばっちりな少女わたしだ」


 ――鏡写しで見た美少女の面影は微塵もないもっさりとした根暗な少女。


 姉の美亜と一線を隔したこの風貌に行きついた理由わけは、小学生低学年の頃の心のない男の子の言葉がきっかけだった。



『見た目そっくりなのに根暗でどんくさい。お前〈ミー〉のニセモノだな』



 当時同じクラスだったわたしたちは、初めての自己紹介で美亜の提案で二人一緒に自己紹介をしたのだけど……。


『わたしは烏丸美亜です!』


『か、烏丸……み、美由、です……』


『『二人合わせて〈ミーちゃんズ〉です!』』


 顔も背丈も全く同じわたしたちがピタリと寄り添って自己紹介をした結果、最初は息もぴったりで「鏡の国の物語みたいー」とか「不思議かわいい~」とか好意的に受け入れて貰たように見えた。


 そんな時に飛び込んできたのが先の男の子の言葉。


 顔も背丈も全く同じわたしたちだけど、当然性格まで一緒とは限らない。

 むしろ性格で、美亜は明るくて活発で物怖じしない性格に対し、わたしは人見知りの引っ込み思案で憶病。


 実際、あの自己紹介も美亜は無邪気に堂々としていたのに、わたしはおどおどと自信が持てなくて……最後に寄り添うところは、総てではないけどお互いに考えていることが解るから簡単に合わせることができた。


 それでも明るく純粋な笑顔の美亜と引き攣った笑顔のわたし。


 今思えば小さなことかも知れない、だけどその言葉が引き金となって数人の男の子たちが囃し立ててくる状況に子供ながら傷ついたわたしは大泣きした。


 そんなわたしを美亜と数人の女の子たちが庇ってくれてあわや大ゲンカとなりそうなところで担任の先生が仲裁に入ってその場は一旦収まった。


 それから数週間クラスの分裂状態が続いて、我慢できなくなったわたしは美亜と女の子たちに頭を下げ、


『わたしは大丈夫だから、男の子たちと仲良くしてください。そしてください』


 そうお願いした。


 わたしの真意を即座に理解した美亜はともかく、始めはムッとする子が多かったけれど、誠心誠意土下座をする勢いで謝り倒して呆れられながらも強引に納得してもらった。


 こうしてクラス仲が緩やかに修繕されていくことと引き換えにわたしは孤立し、翌年のクラス替えを機に今の陰キャ女子装いとなって、中学校卒業当日現在に至る(ちなみに『そばかす』メイクは中学校に上がってから始めた)――


「あら、美由はまだ家にいたの? 美亜はとっくに家を出たからてっきりアナタもいないものだと」


「ごめんなさい。ちょっと昔を思い出しちゃって……」


「そう……」


 リビングに入るとソファで新聞を読んでいたお母さんに出くわし、先の質問に答えたらお母さんは顔を曇らせてしまった。


 わたしたちより背が高く美亜を大人びさせて色気を足したような若々しいお母さん。


 わたしが初めてこの陰キャ少女スタイルで部屋から出てきた時は美亜と一緒に卒倒し、伊達とはいえ目に負担がかかって視力が落ちた時は本気で怒られたことを今でも覚えている。


「今日は久し振りに美亜と帰る約束をした。まあ、強引だったけど……」


「登下校や学校だけでなく家でもずっと部屋で引きこもっていたアナタが、明日から寮生活の為に出ていくのだからあの子が寂しく思うのは当たり前よ」


「そう、だよね……」


 お母さんが言うようにわたしは入学予定の私立校の寮へ明日引っ越す。


 もうすぐ高校生で少しずつ大人になっていくのにこのままでは駄目だと思ったわたしは、自分自身が変わる為に実家から電車やバスを乗り継いでおおよそ四時間かかる私立校を受験して合格した。


 それを美亜に報せたら、合格自体には喜んでくれたけれど自分と違う高校どころか家からも出ていくことを知って大泣きし、その日の夜だけ小学校入学以来久し振りに姉妹で同じ布団で眠った。


「一時的だけど、美亜と最後の二人の時間を楽しんでくるね」


「あら。二人っきりなら夜でも……いえ、アナタの決心が鈍っちゃうか。行ってらっしゃい。ごちそうでも作って待ってるわ」


「うん。行ってきます」



 お母さんへ短く返事して、わたしは最後となる中学校へ歩き出した。

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