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アサヒさんは、それからすぐに、はっとしたような顔になった。
「なに言ってんだろうね、僕。なんでもないや。本当に、つまらない子どもだったんだよ。」
幾分早口で語られた言葉は、我に返ったみたいな、無理に地に足をつけたみたいな、少しだけ違和感のある響きかたをした。私はもっと、アサヒさんの話を聞きたかった。外側って、なに、とか、つまらないって、どんなふうに、とか。でも、その違和感のある響きを聞いてしまうと、質問を重ねることができなかった。だから私は、話を逸らそうとして、どうでもいいようなことを訊いた。
「じゃあ、子どもの頃に大事にしてたものは?」
「胡桃ちゃんは、ポストカードって言ってたね。」
「うん。」
私は、どこか観光地に遊びに連れて行ってもらったときに、目についたら必ずポストカードを買ってもらって、大事に集めていた。それを見たら、楽しかったことが思い出せるから。アサヒさんが、そんな些細な話もちゃんと聞いていてくれたことが嬉しくて、私は自然と笑顔になった。アサヒさんも、私と同じように笑った。
「僕は、手紙かな。」
「手紙?」
「そう。子どもの頃、すごくたくさん引越しをしたんだ。だから、別れ別れになったともだちから、よく手紙をもらったよ。その手紙。」
「素敵ね。」
「ありがとう。」
アサヒさんは笑っていたけれど、その笑顔はやっぱりなんだか、寂しそうだった。私はぼんやりと、手紙を待つ子どもの頃のアサヒさんを思い浮かべた。アサヒさんはきっと、そのときから今みたいにきれいだったんだろう。細い首をした、白い指の男の子。その子が、家の郵便受けを開ける。毎日開ける。時には、一日に何回も。手紙は、引っ越したばかりの頃にはしょっちゅう届く。でも、引っ越してしばらくたつと滞ってきて、もっと時間が経つと……。
なんだか、寂しそう。それが、はじめて会ったときの、私のアサヒさんへの印象だった。どんな話をしていても、どんなに楽しげに笑っていても、薄い寂しさの膜に覆われているみたいなひと。
喫茶店にやってきてから一時間くらいアサヒさんと話していたのだろうと思う。私とアサヒさんの会話が一瞬途切れたタイミングで、父が私の肩を抱いた。そのことに、私は少し驚いた。子どもの身体に触れたりするような父親ではなかったのだ。
「帰ろう、胡桃。」
9歳だった私には、うん、と頷いて父に従って立ち上がることしかできなかった。本当は、もっとずっと、アサヒさんと話していたかったけれど。
「またね、胡桃ちゃん。」
アサヒさんが、すっきりと微笑んで私に手を振った。私は手を振りかえして、父の背中について喫茶店を出た。何回か振り返ったけれど、その度にアサヒさんは笑って手を振ってくれた。またね、と返せないのは、アサヒさんにまた会えるかどうかは、全部父親次第だと内心で思っていたからだった。
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