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アサヒさんが特別聞き上手だったのかと問われれば、そういうわけでもないと思う。アサヒさんは巧みに相槌を打つわけでもなかったし、私の話を引き出そうとするわけでもなかった。ただ、その場にいて、にこにこ笑いながら、私の話にうんうんと頷いていただけだ。それなのに、次から次へと言葉があふれでてきた。ひとつの話がどんどん次の話題につながっていって、全く縦横無尽といった感じだった。子どもそんなお喋りなんて、大人にとっては聞き取りずらいにも程があったのだろうけれど、アサヒさんはそんな様子は少しも見せなかった。
「胡桃ちゃんの話は、すごく面白い。」
私がカラカラになった喉を潤すためにオレンジ時ジュースを啜っていると、アサヒさんは感じ入ったようにそう言った。大人がよくするような、子どもへのお世辞。そんな色がアサヒさんにはまるでなかった。
「吸い込まれていくみたいだな。どんどん話に吸い込まれていく。」
「それ、私も。アサヒさんにどんどん吸い込まれていく。話がどんどん出てくるの。」
私は興奮しきってそう返した。こんな相手に出会うのは、生まれてはじめてだった。父は仕事人間で家にあまりおらず、いるときでも自分の部屋で本を読んだりラジオを聞いたりすることを好んだし、母は専業主婦で私を構う時間は持ってはいたはずだけれど、私の話を聞くことは好まなかった。厳格な人だったので、子どもの話みたいな曖昧なものを耳に入れておくのが嫌だったのかもしれない。
「そう? 嬉しいな。もっと話してよ。胡桃ちゃんのこと。」
「私、アサヒさんのことも知りたい。お話して。」
「僕のこと? 僕のことは……つまらないよ。なんにもないからねぇ。」
「なんにもって?」
「面白いことがないってこと。胡桃ちゃんみたいに楽しい話が、俺はできないんだ。」
そう言ったアサヒさんの顔は、妙に寂しげで、なぜだか幼くも見えた。私にぐっと近い所にいる人みたいに。そんな顔を見ると、私の胸は、なぜだかどきどきした。
「アサヒさんが私くらいのときは? どんなだったの?」
「胡桃ちゃんくらいのとき?」
「うん。」
うーん、と、アサヒさんは細い首を傾げた。その様子を見ていた私は、ようやくそこで、アサヒさんがこれまで見たことがないくらい、きれいな男のひとであることに気が付いた。そして多分そこで、嫉妬したのだ。幼い悋気だ。それは、私よりもアサヒさんのことをよく知っているのであろう父に対しての。
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