冷たい彼女と終わりの温さ
水無月うみ
1
冷たい彼女は今日も何も語らない。
「今日はいい天気だ」「……」
「夜ごはん何にしようか」「……」
「来週のキャンプなんだけどさ」「……」
このように、何一つとして口に出さない。私が話題をいくら振っても、何も返してはくれない。いつも同じ笑みで、私を見つめている。ただそれだけだ。
しかし、それは私が嫌いだからとか、反抗心だとか、そういった類のものではないことは分かる。彼女はいつも笑っているし、私の家を出たりせずに私とずっと一緒にいてくれている。だからただ単に、あまり語りたがらない性格なのだ。
私はそれが特段嫌には全く思わないし、仕方がないことだと思っている。むしろ、そんな彼女はどこか愛おしげで可愛らしいから、別に何だっていいのだ。彼女の根底に流れている笑みと優しさが少しでも垣間見えているのなら、それでいいのだ。
だが一点だけ、彼女は昔はおしゃべりな女の子だったということを忘れてはいけない。私が「今日はいい天気だ」と言えば「どこかにお出かけしたいね」と昔の彼女は言ったし、「夜ごはん何にしようか」と言えば「君のごはんが食べたいな」と嬉しいことを言ってくれたし、「来週のキャンプなんだけどさ」と言えば「うんうん」と乗り気でこちらの話に参加してきてくれた。ある時点から、無口な女の子になってしまったのだ。それまではとてもよく話していた。しかし先述の通り、やはり私は今の彼女も愛しているからそれでいいのである。彼女の根底が変わっていないのなら、それでいいのである。
大学一年の時に同級生である彼女と出会い、二年の頃に付き合いだした。今はもう社会人になってしまったから、彼女と付き合いだしてもうかれこれ六年が経つ。付き合いだしてからはすぐ同棲も始めたので、二人で過ごした時間はかなり長いと言えるだろう。だからそろそろ結婚も……と考えているのだが、焦り過ぎは禁物だと思い、まだ具体的に言及したりはしていない。その時が来たら考えればいい、そう思っている。何より、今の言葉数の少ない彼女はあまり急ぎ足で事が進んでいくのが好きではなさそうだ。余計に、忙しなく決めていくべきではないと思う。
そういえば、と出会った時を思い出す。共通の趣味であるキャンプで、私たちは出会ったのだ。その日、キャンプ場にて、簡素な装備で来てしまった彼女は季節外れの寒さに凍えていた。焚き火で温まろうとしていたけれど、その日はあまりに寒く、そんなもので凌げるはずがなかった。彼女を見つけた時、私は心配こそしたけれど、人に話しかける勇気が湧かず、最初は見て見ぬふりをした。しかし、少しの時間の後に、いくばくかの罪悪感が湧いてきた私は彼女にブランケットを貸した。そして、それが私たちの始まりだった。
「ありがとうございます!」凄く嬉しそうな顔で、そう言ってこちらを見た彼女に一目惚れしてしまったのは、今でも彼女には言えていない。今となっては早めに言っておけば良かったとも思う。きっと照れながらも笑って喜んでくれたんだろう。
出会った日はブランケットを貸して、それで終わりだった。話をそれ以上交わすことは無かったし、お互いの干渉はそれだけだった。ではなぜ今こうやって付き合っているのかというと、その後また何度も、私たちは色んなキャンプ場で遭遇したからだ。三度目くらいまではまだ驚かなかったけれど、四度目、五度目となるうちに「また会いましたね」とお互いにひどく驚いたものだった。そのようにして会う回数が増えていくたびに、私たちは少しずつ仲良くなっていった。キャンプの話をしたり、テントの設営を手伝いあったり、食事を交換したり、実に色んなことをしていった。そして最終的に、私は彼女に告白した。「付き合おうよ、俺たち」「うん、そうだね。でももっと真面目に告白してほしかったなあ」「ごめんって」その夜、テント下で私たちは笑いあった。楽しい時間だった。あれは私の人生の中で最も楽しい夜だった。
――午後五時に毎日この街を鳴らすチャイムの音で、回想は途切れる。視界に映る空にはオレンジ色と水色のグラデーションが広がり、そのグラデーションの中をカラスやスズメたちが自由に飛び回っている。家の中に視点を戻すと彼女がいて、ダイニングテーブルにはおそろいのコップが並び、キッチンには彼女がプレゼントしてくれた小型のナイフや逆に僕がプレゼントした木製のスプーンと皿が置いてある。移動しなくてはな、と思うと同時、夕食を準備しようとも思う。
彼女に「夜ごはん何にしようか」と訊く。しかし彼女は何も返さない。その笑みのままだ。前みたく「君のごはんが食べたいな」なんて言ってはくれない。だが別にそれでもいい。私はスキレットを二つコンロに置いて、卵や米、野菜、豚肉を取り出す。まずは豚肉をレンジに入れ、一方で卵をスキレットに落とす。夕陽が家の中に差し込み、すべてがオレンジに染まる。
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