第44話 これからを生きる
「これからの北の集落って、どうなるのかしら」
シズクは、俺に尋ねた。
公営住宅で育ったシズクは、衰退していく集落の想像など出来ないのであろう。
俺は、ぼんやりと空を見ながら考える。
北の集落の人数は一気に減って、普通の集落の生活を営むことだって難しくなるだろう。
他の集落に助けを求めることも出来ないはずだ。各地に散っていった大男のような人間が、北の集落の全貌を語るだろう。
非道な娯楽を楽しんできた集落に手を貸し出したいという人間は少ないはずだ。
それを考えるならば、北の集落の盛り返すのは難しい。もしかしたら、自然消滅ということになるかもしれない。
「良いことは起こらないだろうな」
地下に暮らしていなかった人々は、すでに北の集落に見切りをつけている。我先にと集落の外に出て、悪評が広まる前に新天地を目指すのだ。
危険な行為であるが、滅びゆく集落と運命を共にするよりは良い選択なのかもしれない。
もっとも、別の集落の相手を手放しで受け入れる場所があったらの話になるが。この時代は、いつだって余裕がない。どこの集落もギリギリで生きている。
桜だって俺を助けたという功績がなければ、中央集落の生活に誘われることはなかったであろう。
「もしかしたら、北の集落は無くなるかもしれない」
俺の考えに、シズクはため息をついた。
「また人類は数を減らすかもしれないのね。なんていうか……残念ね」
俯瞰した物の見方に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。そして、こうやって人間は絶滅していくのだろうかとひっそりと思った。
「人類の最大の敵は、ゾンビだと思っていけど……」
人の最大の敵は人だなんて、本当は言いたくはない。けれども、まさに今回は人が人を娯楽のために傷つけていた。その娯楽で、死んでいった人もいるらしい。
そうやって死んでいった人々のなかでは、まさに人が最大の敵であったであろう。
「こんなことになって、香月さんはどうするのだろう?」
この滅びゆく集落の為政者。
香月が、どのように北の集落を導いくつもりなのだろうか。俺には、分からない。
「あのね……。これは、あくまで想像なの」
シズクは、小さな声で呟いた。
その声は、わずかに震えている。自分の根拠のない妄想を恐れているかのようだった。
「香月さんは、人間というものを滅ぼしたいのかもしれないわ」
そんなバカな、と俺は言いたかった。
しかし、思い当たることもあったのだ。香月は、北の集落のリーダーである。どこかで北の集落の人間を止める機会もあったであろう。
なのに、香月は止めることをしなかった。
便利なものだけを渡して、人間たちが自滅していくさまを見ていただけだ。
その行いは、悪魔と言っても差し支えないのかもしれない。
「止めよう。これは、過ぎた詮索だ」
これは、北の集落の話だ。
中央集落のことならばともかく、他人の集落については口出しできない。
本当のところを言えば、香月が悪魔であっても北の人々には伝えたくない。非道な楽しみに喜んでいた人々などは、苦しむべきだと考えてしまうのだ。
「一二三、シズク」
桜が、俺たちの名を呼んだ。
桜は怪我を手当てを受けた新を縛り上げて、切手の背中に括り付けていた。荷物のように存在な扱いだが、逃亡の可能性があるので仕方がないのだろう。
俺は新が逃亡するとは思っていないが、桜は違うらしい。新は、しっかりと縛られている。
傷が開かないかヒヤヒヤしたが、案外大丈夫そうである。切手が新に嫉妬して嫌がらせをしない限りは。
「ほら、行くぞ。お前たちも早く準備をしろ」
桜は、俺たちを急かす。
今日中に北の集落を出る予定だった俺とシズクは、大わらわになって準備を始める。もっとも準備と言っても泊まっていたわけでもないので、俺が馬を引っ張るだけであったが。
桜は、北の集落については何も言わなかった。
自分は北の集落とは無関係だ、とでも言いたげな態度だった。桜は桜で、何かに決別をしたのだろう。それは、俺の知るところではない話だ。
俺は、不安に襲われた。
北の集落に決着をつけた桜が、再び一人で過ごすようになるのではないのか。誰も寄せ付けずに、一人でいることを選ぶのではないかと。
「桜が、それを望むのならば……」
止めることは出来ない。
桜の人生は、桜のものだ。
それが、桜が嫌っているソメイヨシノの人生の延長線だとしても止めることは出来ない。
「それでも、俺は……」
桜と共にいたい。
友人に殺されかけた日に出会った少年と別れたくない。
「さてと、悪いけど私は先に行くわ。新に公営住宅の場所を知られたくはないしね」
シズクは、そのように言って北の集落を出ていこうとする。
シズクは、俺の馬に乗ってきたので足がない。そのため、俺は途中まで送ると慌てて告げた。ゾンビが蔓延る世界で、女の子を一人には出来ない。
シズクは散々悩んで、公営住宅の近くまでならという条件で俺たちに送られることになった。そのことに、俺は安堵する。
帰り道にシズクがゾンビに襲われて食われてしまったら、いくらなんでも後味が悪すぎる。
「また公営住宅に寄ってね。中央集落に見切りをつけたら、私と一緒に住んだって良いんだから」
俺と一緒に馬に跨ったシズクは、そんな事を言った。シズクと共に公営住宅で暮らすのは楽しそうだが、その選択を俺は選ばないであろう。
何故ならば、俺の居場所は中央集落だ。俺は、そこで仲間を守るために戦い続けるであろう。
「婿に来たって良いんだから」
シズクは、楽しげに言った。なにも考えていないふうを装っていたが、シズクの耳はほんのりと赤に染まっている。
どうやら、俺のことを本気で婿に迎えたいらしい。その未来は、俺は選択する気はない。シズクは友人で、妹みたいなものなのだ。
「もちろん。私が、嫁になっていいんだから!」
シズクは、そんな事を言う。
それは婿入りと何が違うのかと聞いて見たかったが、俺たちの会話を聞いていたらしい桜が口を挟んできた。
「シズク、一二三に惚れ直したんだな。自分の身を顧みない地下での避難誘導が効いたようだ。やーい、一二三の人誑し」
桜は、俺とシズクの仲をからかう。その顔は、楽しくてたまらないというものだった。
他人の恋路をからかうのは楽しいという気持ちは分からなくもないが、からかわれる方は迷惑だ。
だって、俺の友人としての『好き』はシズクが抱いている『好き』とは大きく違う。
「人の恋路を見ているのは楽しいな」
桜は、切手に跳び乗った。そのままゆっくりと切手を歩かせる。
俺とシズクは、その隣を馬に歩いていてもらった。新は大丈夫だろうかと思ったが、桜が傷には触らないように縛ってくれたらしい。見た目よりは、快適そうだ。
無論、馬の歩く振動が全く無いと言えないので、時より痛みで顔を歪めていたが。
「桜。お前は、どこに帰るんだ?」
俺の疑問に、桜は首を傾げる。
どうして、そんな事を聞くのだという顔だ。
俺は、恐れていたのだ。
桜が北の集落との因縁に決着をつけたら、最初に出会った時のように都市で一人で暮らすのではないかと。俺たちの前からいなくなるのではないかと。
「どこって……中央集落決まっているだろう」
桜は、なんてことない顔で答える。
ああ、その言葉にどれほど安心しただろうか。
俺の故郷である中央集落は、桜に見捨てられるほど腐敗はしていないらしい。
けれども、もしも中央集落が北の集落のような場所になってしまったら……。
きっと桜は、中央集落を見捨てる思ったのだ。一緒に腐ってはくれずに、孤高を装って別の場所でさまよう。
……止めよう。
これは、あくまで想像だ。
北の集落のように堕落しなければ、桜はきっと俺の側にいてくれる。
この世界には、ゾンビという恐ろしい敵がいる。
それよりも、恐ろしい敵がいてはならない。
人が人を恐れることがあってならない。
「それは、きっと絶滅の始まりだ……」
俺たち人類は、少しでも長く生き残らなければならない。そして、希望は明日にあるというふうに前向きな考えでいなければ。
この地獄で、笑っていよう。
正しくいよう。
俺は、桜には見捨てられたくはないのだ。
ゾンビが歩く世界以外は知りません 落花生 @rakkasei
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