第12話 無気力な男性と「お腹を温める力」
健一は、長い間無気力だった。毎日が同じように流れ、目覚めても、何もする気が起きない。仕事へ行くことさえ億劫で、時々無意識に仕事を休んでしまうことがあった。彼の心の中には、希望や期待という言葉がもはや存在しなくなっていた。どこか冷たい、静かな空間に閉じ込められているような気分で、外の世界に対する興味すら薄れていった。
「なんでこんなに疲れてるんだろう…」
その日も健一は、会社から帰るとソファに倒れ込んだ。思わず冷蔵庫を開けるも、そこにあったのは冷たい飲み物と、簡単に食べられるジャンクフード。無意識に手が伸び、そのまま何も考えずに口に運んだ。しかし、食べても食べても、心は満たされることがなかった。
その晩、健一はふと「心のカフェ」のことを思い出した。以前、友人が話していたそのカフェは、心を温める料理が出る場所だという。試しに行ってみることに決めた健一は、少し不安を感じながらも、カフェの扉を開けた。
店内は温かみのあるライトに包まれ、落ち着いた雰囲気が広がっていた。カウンターの奥に座っていたのは、店主の沙月だった。彼女は健一を見つけると、にっこりと微笑んで迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。今日はどうされたのですか?」
健一は少し照れくさい気持ちを抱えながら、重い口を開いた。「最近、なんだか気力がなくて…。何をしても無気力で、仕事も家事もすべてが面倒で…。自分がどうしてこんなになってしまったのか、わからないんです。」
沙月はじっと健一の顔を見つめ、静かに頷いた。「それは辛いですね。でも、心が冷えている時に大切なのは、お腹を温めることです。」
「お腹を温める?」健一は少し驚きながら尋ねた。
「はい。お腹を温めることで、心も温かくなります。体が冷えていると、心も冷えやすいんです。逆に、お腹を温めることで、体全体が元気を取り戻し、心も穏やかに、温かくなるんです。」
健一はその言葉に少し疑念を抱きながらも、沙月の勧めで「お腹を温める料理」を食べることにした。沙月は、体に優しい材料を使って、シンプルながらも心が温まる料理を提供してくれた。その料理は、根菜や生姜を使った温かいスープと、じっくり煮込まれたおかずの組み合わせだった。健一は、食事を口に運びながら、その温かさに思わずほっとした。
次の日、健一はその日のランチに温かいスープを作ることを決めた。以前ならば冷たいサラダや簡単に食べられるインスタント食品で済ませていたが、今日は少し手間をかけて、体を温める料理を作ることにした。
根菜を切り、鍋に入れてゆっくり煮込んでいく。その過程で、体の中からじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。料理をしていると、何かが解けるような、心が少し軽くなる感覚があった。スープを一口飲んだ時、体の芯から温かさが広がり、健一は少しだけ笑顔になった。
「温かいものを食べると、こんなにも心が安らぐんだ…」健一はその時、初めて感じた安心感に胸を打たれた。
その後、健一は毎日、少しずつ自分に優しくすることを心がけた。無理に頑張るのではなく、まずは体を温めることから始めてみる。お腹が温まると、心も温かくなる。そうして、少しずつ無気力だった自分が変わっていくのを感じた。毎日の料理が、健一にとっての心の栄養となり、体と心を繋げてくれる重要な一歩となった。
健一は、無気力を感じるたびに、温かいスープを作り、根菜や生姜で心を温めるようになった。それは、単なる食事の一部ではなく、彼にとって心を支える大切な儀式となった。そして、心の冷たさが少しずつ溶けていき、健一は再び日常の中で輝きを取り戻していった。
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