第2話 だめんずホイホイ

「・・・マザコンだった。」


 私は、目の前のビールを一口飲んでから答えた。


「へぇ~、人は見かけによらないね。ぜんっぜんそんな感じしないのに。何でも上手くリードしてくれそうなタイプだったじゃん。歳も私たちより4つ上だったでしょ?」


 美和は口元を手で隠しながら話す。


「完全に笑いをこらえてるよね?目がすごいニヤニヤしてる!」


 そう私が言うと、美和は急に声をあげて爆笑し始めた。目尻には涙も少しにじんでいる。


「はぁ~、ウケる!」


「そんなに笑わなくてもいいじゃん。」


「ごめんごめん。まぁでも、マザコンっていったって男はみんな多かれ少なかれそんな感じじゃない?親を大事にしてるってことで別れるほどじゃないじゃん〜。イケメンで優しくて、いい人だったように見えたよ?マザコンくらいガマンしたらよかったのに。」


 私も自分のことでなければ、美和と同じように思ったかもしれない。

 彼は(もう元だけど)イケメンでスタイルもよく、紳士的でエリートで、最初は私にはもったいないくらいの人だな、て思ったくらいだから。でも、限度があるのだ。


「そりゃ少しくらいならガマンできるよ?優しい人だな、て思うしさ。」


「なんか特殊だったの?」


 美和にどう話そうか、どこまで話せばいいのか考えながら、居酒屋のメニューを手に取って店員さんを呼ぶ。

 呼ばれてきた店員さんに適当に食べ物とおすすめの日本酒を頼み、美和に視線を向けた。

 どんな話が出るのか期待の目をしている彼女と目が合う。


「ん〜〜、デートにお母さんがついてきてた。」


「はっ?3人で出かけてたってこと!?」


「違う違う。お母さんはこっそりとあとをつけてきてたの。」


「え〜、やだ!ストーカーみたいじゃん!彼もびっくりだったんじゃないの?」


「それがさぁ、知ってたんだよ、ついてきてるの。ていうか、彼がついてくるように頼んでた。」


 新しく運ばれてきた料理を取り分けて、一つの皿を美和に渡した。


「あ、ありがと。」


 私は日本酒を一口飲んだあと、一気にまくし立てた。


「そもそもなんでお母さんかついてきてるのに気づいたかって言うと、私がお手伝いから戻った時に柱の陰で女の人とコソコソ話してるのを見つけたの。お母さんだって知らなかったから、二股されてるのかと思ってこっそり近づいて会話を盗み聞きしたらさぁ。」


 テーブルの上の唐揚げに箸をぶっ刺して言った。


「『このあとはあそこのイタリアンのお店、予約してるから、ご飯はそこで食べなさいね。あまり遅くならないようにおうちに送り届けるほうが好感度が上がるわよ。』ってお母さんが!!」


 刺した唐揚げを一口で口に放り込み、もぐもぐ。


「ちょっと、行儀悪いよ。」


「わかってるよ、ごめん。」


 唐揚げを飲み込んでからまた話し始める。


「で、その場で彼にどういうことか説明を求めたら、女性の扱いやらデートのスケジュールやら全部母親に相談してたんだって。心配だから私に気づかれないようについてきてもらって、困ったらこっそり指示を仰いでたってわけ。」


 またも一気に話して、日本酒をゴクゴク。

 ため息をついて美和の顔を見ると、何だか閉じた口をムグムグさせてビミョーな顔をしている。


「いいよ、笑っても。」


 言った瞬間、大爆笑。先ほどとは比べものにならないくらい涙を浮かべ、お腹を抱えて笑っている。

 笑うことを自分が許可したくせに腹立たしいので、皿の残りの唐揚げは美和が爆笑中に全部食べてやった。


 美和は、高校と大学が同じで職場は違うものの、ずっと一緒に地元に残る友人である。はっきり言って、親友だ。それなのに、失恋した私を思いっきり笑うのはなぜなのか。普通は慰めてくれる立場であってもおかしくないのに。


「あいかわらずのだめんずホイホイだね。」


 そう美和に言われた理由は、今までの私の男性との交際歴に関係がある。


 私は特に美人ではないけれど、笑った顔に愛嬌があるのか昔からまあまあモテている。

 なので、そこそこの人数の男性とお付き合いの経験がある。けれども交際期間がいつも短めで、誰とも一年以上付き合ったことがない。

 なぜなら付き合う男性がみんな一癖あるのだ。

 そんな人だと分かっていたら付き合わないのに、ホント見る目がないというか。


「え〜っと、最初は二股どころか四股で、次は1時間毎の連絡を強制した束縛男、次はモラハラ、その後ギャンブル、お金貢がせくん、そして妻子持ちの既婚者!これは付き合う未遂でよかったね。こうやって並べると、マザコンくらいかわいいものじゃん?」


 言われてみると、そんな気がしてきた。いやいや、そんなことはないはず!


「リカは高校の時さぁ、幸運を呼ぶ魚を食べたんだよね?その割には、男運悪くない?」


 美和もあの時の話は知っている。

 私も男運は悪いんじゃないかと薄々感じていて、あの時の恩返しはどうなったのー!!!と、叫びたい時がある。

 あの防波堤の傍を通る時には、あの魚がいないか海に目を向けるクセがついてしまった。

 もしあの時の女の人に会うことがあったらぜったい文句を言ってやるわ。幸せな人生ってなんなのよ。


「ま、仕方ないから私がまた今度いい男を紹介してあげるわよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る