骨壺

セントホワイト

骨壺芸術

 先週、親が死んだ。

 老衰だったと聞いているが、その連絡を受けて出張中だった私が飛行機でとんぼ返りするには充分だった。

 あれよあれよという間に送別式と火葬が行われたらしく、地元に戻ってきた時には全てが終わったあとだった。


「よう。遅かったな」


 私よりも五歳年上の兄が疲れた表情で喪に服しつつ、こちらを奇妙な笑みと厳しい眼差しで観ていたのを憶えている。

 仏壇に置かれた位牌と写真に手を合わせようとしたとき、そこに在るべき物が存在していない。


「兄さん。お骨は?」

「ああ……お骨か。そうだ……お骨か」

「兄さん?」


 兄の様子がおかしいことに一目で気づくのは血のなせる繋がりゆえか。

 もう何年も会っていない兄は痩せ衰え、日差しと苦労によって刻まれたシワを眉間に寄せてフラフラと立ち上がって部屋の外へと出て行った。


「……なんだ?」


 家から出て行った自分には詳しいことは分からないが、恐らく親の介護と労働によって疲れてしまったのだろう。

 自分よりも早くに結婚はしたが、何かの拍子の喧嘩によって離婚した兄は実家に戻り、親権も母親に渡してからはずっと実家にいる兄が必然的に親の面倒を見ることになった。

 しかし親の痴呆が少しずつ悪化していったようだが、家から出た自分にはその苦労を理解することは出来ず、その痕跡を現在の兄の姿から窺い知るしかない。

 開け放たれたドアはゆらりゆらりと揺れて、出て行った兄の丸まった後ろ姿を見て、多少なりともこれからは実家にも顔を出そうと決意した頃に、兄は戻ってきた。

 人骨の骨壺を抱いて。


「ひっ!?」

「なぁ、見てみろ。母さんだ。母さんの骨で創った骨壺なんだ。母さんが好きだった花やアクセサリーも入れられる。旅行に行きたいって昔から言ってたし、ご当地のものとかも入れてやろうと思うんだ。さすがに美顔器をいれるのはチガウカナァ?」


 兄は笑う。満面の笑みで。

 いったいなにが兄をここまで変えてしまったのかは解らないが、もはや私には彼を理解しようとすら思わなかった。

 理解の範疇を有に飛び越えた兄の言動に、壺の蓋をする髑髏しゃれこうべはカタカタと揺れる。

 まるで、親子が揃って久しぶりに帰ってきた自分を笑って迎え入れるように。


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