アマチュアファイト ――チー牛vs中年サラリーマン――

Yujin23Duo

前編

 小村・映児こむら・えいじ、40歳。サラリーマン。趣味は映画鑑賞。


 「映画のような激動の人生を歩んで欲しい」と名付けられた彼の人生は、とりわけ普通であった。

 少しシャイな性格のためか女性経験はあまりなく、妻も子供も無し。

 最終学歴は地方の国立大、卒業後は県内ではそれなりの大手企業に就職。


 今日こんにちまでマジメに働くも目立った成績は少ない。

 同期や後輩が躍進する中、居場所をどんどんと追われ、気が付けば窓際勤め。

 仕事も難しい物では無く、ほぼほぼ雑用に近いことばかり。

 激しい競争から弾き出された彼ではあったが……その分趣味の時間に回せるようになった。


 大好きなアクションスターの作品、映画通がこぞってオススメする傑作、C級、B級、はたまたZ級の駄作。

 様々な映画を見て、楽しみ、時たまSNSで考えを発信し、数少ない映画友達と意見を交換しあう。

 いつしか彼は、このまま残りの社会生活を過ごそうとしたのだ。


 ……が、何か足りない。

 いくら面白い映画をたくさん見ても、映画通と楽しく語り合っても、心の奥底でまだ何かを求めていたのだ。

 他とは違う、ガツンとした、燃える闘争のような何かを。


 ――そんなある日の晩、彼は会社からの帰り道に奇妙な光景を見かける。


 場所は都心から少し離れたところの高架下、ガードフェンスで円形に半径数メートルほど広く囲んだ光景。


 閑散とした場所に似つかわしくない、本能を解放したような叫びばかり聞こえてくる。

 しかもだ。入口らしき開口部からは、あらゆる人達が騒いでいるのが見えた。


 スーツをはだけさせたリーマン、髪を染めてる高校生、ガラの悪そうなチンピラ。

 本当にありとありとあらゆる者達が囲いの中でありったけの感情をぶち撒けていたのだ。


 なんだなんだと思ってた映児の頭の中に、とある記憶が呼び起こされる。

 確か昼飯ひるめしを食べてた時、近くの席からある会話を聞いたのだ。

 不定期にどこかで格闘大会をやっていると。

 ルール無用、一般の素人参加大歓迎という触れ込みで。

 少し気になるものの、正直入るのが気が引ける。


「……」


 が、やはり何かを感じる。何か、こう、ものすごいものを感じてしまう。

 もしかしたら、もしああいう危険な環境に入れば……ほのかにに求めているものが……。


「……よし」


 気が付けば彼の体は会場へと吸い込まれていた。


――――――


 室沢田・基久むろさわた・もとひさ、21歳、現在無職。趣味はインターネットサーフィン。


 中流家庭の息子として生まれた男の人生は良いものとは言えなかった。

 仕事ばかりで家庭に目を向けない父、「子供のためを思って」という免罪符の元、やることなすこと口を出し操る母。


 言葉を選ばずに言えば「親ガチャ」に失敗してしまったのだ。

 そんな基久はいつも抑圧されながら十代後半まで生活。

 母によって何もかも止められ、怒られ、言いなりになっていた。


 そのせいで大した趣味は生まれず、小・中・高で築いた関係の数はゼロ。

 母からの𠮟責も日に日に激しくなり、昔から芽生えた恐怖心は肥大していった。


 そんな中で迎えた高校時代。

 買い与えられたスマホを通じて、偶然にもインターネットの世界を見つけてしまう。

 同じ環境下の人々との交流、独自の文化は彼にとって心地がよく、母から逃げるようにのめり込んでいった。


 ……しかし、余りに居心地が良かったことで学業は疎かになり、志望していた大学は全て落ち、親から「失望した」と言われ絶縁。

 現在は週三日のアルバイトで食いつなぎながら一人暮らしの真っ最中であった。


 ある日のこと、彼は某ネット掲示板のスレにてある格闘大会のことを知る。


 場所も時期もランダム。

 誰でも参加でき、素手で戦うこと、殺害行為は行わないこと以外は何でもOK。

 勝敗判定も相手が気絶するか、降伏宣言すれば決まるという、なんとも杜撰ずさんなものだ。


 スレ内には実際の試合の動画が貼られ、一般人二人が死に物狂いで殴り合う様子が見れた。

 鬼気迫る様相だったのかレスは加速、盛り上がるも、ヤラセだとマジレスする者も一定数いた。


 基久もその内の一人だったが、あるレスを見た所、メッセージを打つ手を止めてしまう。

 次の開催日と場所についての文だ。

 事細かに書かれていたのだ。参加費千円、日程は丁度明日、場所は……近くの高架下。


 ――俺んの近くだ。


 思わず書き込んでしまったメッセージにスレの空気は一変。

 「行け」「行って来い」「生き恥を晒せ」と多数のレスが返ってきてしまう。


 拒否しようとするも「動画とってくれ」「配信しろ」「逃げるな」と逃す気が全く無い。

 それでも何とか拒否しようとしたが、あるレスを見てキーボードを打つ手を止めた。


 ――このままでいいのか?


 是迄とは違う、情に訴えかけるような文だ。

 他にも色んなレスが並ぶ中、基久はそれだけをずっと見て、見て、また見て。

 ……気が付けばいやいや言いながら、あの会場へと向かうことを決めていた。


――――――


 大会会場、入り口。


 入り口簡素な机にはシンプルな記入表と1000円札が乱雑に入ったトレーが置かれている。

 それらを受け付けの男が、安っぽい椅子に座りながらジッと見ていた。


 欄にはそこそこの量の名前が書かれている。恐らくこれが参加者リストだろう。

 今この瞬間も一人が自身の名前を書いてる最中だ。


 ――小村・映児


 そう書く男の身長は170cm、至って平均的な日本人の顔立ちだが、黒い髪は寝癖も無く整っている。

 割と整っている筆跡と比べて、着こなしているグレーのスーツは年季により少しくたびれている。

 それを踏まえても、サラリーマンとしては至って平均的な出で立ちだ。


「……小村さんですね、はい、身分証明書とかもってます?」


 受け付けの命令に対し、映児はいつも持ってる免許証を渡す。

 受け付けはサッと証明写真と実物の顔を交互に確認すると、


「どうぞ」


 免許証を返し、囲いの中へと入るよう促していった。


「……」


 映児は戸惑いながらも会場へと一歩踏み出そうとしたが――背中に軽い衝撃を感じ、足をとめてしまった。


 何だと思い振り返ると、すぐ後ろにいた彼より背の低い男が俯き、スマホを操作しているのが目に入った。

 身長168cm、垢抜けてない顔立ちにニキビだらけの肌、お古なのか服は少し色褪せている。

 男は一秒遅れでぶつかった感触に気付くと、鈍重な動作で視線を上げ、謝罪の言葉を述べ始めた。


「え、エァ、す、すンませン……」


 話し慣れてないのか、言葉はどもり、声量は少ない。

 顔を上げたことで見えた目も、ぼんやりとして頼りない印象だ。


「あ、大丈夫です」


 即座に返答した映児は再度歩を進め、囲いの中へと入っていく。

 一方、ぶつかった当人は戸惑うように受付まで近づくと、スマホ片手に自分の名前を書き始めた。


 ――室沢田・基久


 映児に比べてやや汚い筆跡で書かれた名前の苗字辺りを手を隠すと、男……基久はスマホのレンズでそれを写した。


「これ、名前、俺の名前、いい? これで」

 

 しどろもどろに説明する彼のスマホの画面にはチャット欄が映っている。

 スレ内にあった「配信しろ」に素直に従ったのだ。


 チャットではスレの者達が色々言ってるが、基久は全く見向きもせず身分証明を済ませ、囲いの中へ入っていった。

 勿論、記入欄を画面から外した上で。


――――――


 ……現在試合の真っ最中みたいだ。


 東方は観光客らしき白人の男、西方は髪を派手な色に染めたチーマー。

 お互い服は着たまま、ところどころ傷を負いながらも必死に殴り合っている。


 そんな二人を観客達は取り囲み、やいのやいのと言葉を浴びせている。

 叫ぶのではない、浴びせているのだ。這々の体の選手を無理やり鞭で奮わせるように。


 だからだろうか、白人とチーマーは感情を曝け出しながら闘い、参加者オーディエンスは更に罵声を放つ。

 殴る音が響くたびに双方のボルテージは上がり続け、熱気が徐々に徐々に充満していった。


「「……うっわぁ」」


 この光景に思わず言葉を漏らす者が二人、映児と基久である。

 彼らは汗と体臭に満ちた男臭い会場に足を踏み入れたことを、少しばかり後悔し始めてるようだ。


 配信のチャット欄でも「怖い」「うるさい」といったメッセージが流れ、画面越しでもその熱気に気圧されていた。


 彼らが引いている一方、観客側からより一層の咆哮が上がる。

 白人が強引に突進、相手に組み付き、一気に押し倒す。

 そのままマウントポジションから一方的に殴り始めていった。


 チーマーは防御を固めているものの、たった二発で崩壊。

 鼻や口に拳をもろに喰らい、血をコンクリートの地面にまき散らしていく。

 チーマーは尚も耐えようとしたが目元に貰った三発目が恐ろしく効いたのか、慌てて降伏宣言。


「無理!! 無理!! やめる!! ギブアップ!! ギブアップッッ!!!!」


 涙交じりの声で宣言する奴をよそに、周りからせきを切ったような歓声が響き渡る。


「Y E E E E E S!!!! L E T ' S G O O O O O O O O !!!!」


 白人は己の勝利に飛び跳ね、両手を強く突き上げると、興奮冷めやらぬまま観客中に見せつけていく。

 三者三様の反応を見た映児の眉はひそみ、基久のスマホを持つ手は静かに震え始めた。


 怖気づく彼らをよそに選手が去った広場に司会者らしき男が現れる。

 三つ揃えの背広を着て、笑顔を張り付かせたような男だ。


「え~~、盛り上がったところで次の試合にいきたいと思いますッッ」


 司会者は左手に持った名簿リストを注視し名前を高らかに叫び始める。


「鷹栖・浩一さん!! 和田・エドさん!! いますか!!」

「すみませーん、エドの奴トイレみたいです!!」

「浩一が立ち眩み起こしてます!! 無理そうです!!」

「あら……」


 次の選手が呼ばれるがどちらも出場できるコンディションじゃないようだ。

 司会者は「んじゃあ」と言って再度名簿に目を通し、一つ後の選手の名前を高らかに叫んだ。


「小村・映児さん!! 室沢田・基久さん!! どうぞ前に!!」


 ――両者驚愕の表情を浮かべる。

 そりゃそうだ、さっき記入したばかりなのに直ぐに呼ばれたのだから。


「あの……まだ入ってきたばかりなのですが」

「ん? あぁ!! いやあ、今日平日でそこまで人来てなくてさ!! あなたの一つ前が和田さんだったのよ!! ごめんね!!」


 さすがに質問する映児に対し、司会者はあっさりとした返答の後、真ん中へ来るよう手招きする。

 映児は未だ驚いた表情を崩せず、基久は小動物の如く怯えたまま、戦いの場へ足を踏み入れ始めた。

 


 


 


 

 

 

 

 

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