第4話 最後の贈り物

          ***


 翌日、閉店後の厨房で、エリカは深く息を吐きながらケーキの材料を前に座り込んでいた。ダリウスに頼まれたケーキの制作が、こんなにも重く、胸を締めつけるものになるなんて思ってもみなかった。


 ――特別なパーティーを開くんだ。そこで出すケーキをエリカに作ってもらいたい。

 ダリウスはそう言った。笑顔で、何気なく。


 けれど、その裏に隠された意味を知ってしまった今、エリカの胸には重たい感情が渦巻いていた。


(私、なんて馬鹿なんだろう……)

 エリカは膝を抱えてそっと目を閉じる。ダリウスの笑顔を思い浮かべると、胸がぎゅっと苦しくなった。


(好き……今更、自分の気持ちに気づくなんて……)

 その想いを自覚した瞬間、失恋の痛みが波のように押し寄せてきた。彼が、他の誰かの隣に立つ。もう二度と、自分だけに笑顔を向けてくれることはないのだろう。


 昨日もたくさん泣いたのに、また堰を切ったように熱い雫が溢れてきた。だがエリカは震える手を必死で抑えて立ち上がった。


(もう泣くのはおしまい。ダリウスさんの晴れ舞台のために、最高のケーキを作るのよ)

 彼が「特別なケーキを」と頼んできたのだから、それに応えるのがプロのパティシエールとしての務めだ。ダリウスが自分に託してくれた最後の仕事だと思えば、手を抜くことは考えられない。


「ダリウスさん、どんなケーキが好きだったかな……」

 思い出すのは、彼が店で見せてくれた無邪気な笑顔や、選んだケーキを嬉しそうに頬張る姿だった。甘すぎない、けれど少し贅沢な味が好みだったことを思い出し、自然とラズベリーとチョコレートの組み合わせが頭に浮かぶ。


(甘酸っぱいラズベリーとビターなチョコレート……これならダリウスさんにも気に入ってもらえるはず)

 デザインは華やかでありながらも上品に仕上げる。パーティーにふさわしい華麗さを持ちながらも、どこか彼の穏やかさや優しさが伝わるようなものに――。


 エリカは涙を拭い、材料を手に取った。手を動かしながら、心の中でダリウスにそっと語りかける。


「あなたが幸せになれるように、精一杯作るから……。どうか、喜んでくれますように」


 それから毎日試作品に挑戦し、少しずつ改良を重ねていった。


 胸の痛みが消えないままでも、好きな人のために最高のケーキを届ける。それが、自分にできる最後の贈り物だと思ったから。


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