第2話 肉弾派大魔導師でなにが悪い?
「短距離転移」
つぶやいた瞬間、景色が完全に切りかわる。
薄暗い路地から、さらに暗い路地裏へ。
あちこちにゴミが散らばってて汚い。
変な臭いもする。
そして目の前に、中級悪魔が立っていた。
3メートルほどの身長、黒いコウモリ風の翼を広げてる。
頭部には二本の角。
耳元まで避けた口には、牙のような歯がズラリと並んでる。
地球でもお馴染みの、典型的な悪魔の姿。
きっと過去の地球にも、異世界から悪魔が来てたんだろう。
それが人々の記憶に残り、やがて伝説となった。
言い伝えなんて、どうせそんなもんじゃない?
「グッ……ナニモノ……ユウシャ?」
こいつ、知ってる。
魔王と戦った時、四天王の配下の軍団で群れてたヤツだ。
魔王軍の下士官みたいなもん。
問答無用。
どうせ大したことは言ってない。
黙ってファイティングポーズをとる。
俺の職業は大魔導師。
だけど雑魚相手なら、物理攻撃のほうが効率よく倒せる。
「せーの!」
――ドン!
魔力を乗せた右ストレート。
ダイレクトに拳へ魔力を乗せるだけだから、魔法行使のタメは必要ない。
俺のMP量は、異世界でもダントツに多かった。
地球じゃ5分の1に減っちゃったけど。
それでも変身したら、大魔法の10発くらいは余裕でぶっ放せる(ただし変身しないと1発も出せない)。
「せやっ!」
――バコン!
今度は左上段回し蹴り。
悪魔の側頭部にクリーンヒット!
膨大な純粋魔力に叩かれ、路地裏の壁まで吹っ飛んでく。
一般人が悪魔を蹴ったら、間違いなく足のほうが千切れる。
でも俺の場合、身体強化と同時に防御魔法も重ねがけしてるから大丈夫。
「リン、仕上げは頼んだぞ」
いつの間にかリンが背後に来ている。
返事はない。
いま短縮詠唱中。
「浄化!」
――シャリーン!
短い杖から白銀に輝くスパークが放出される。
きらめく光輝が、倒れた中級悪魔の上に降りはじめた。
「ウガガガガガッ……」
気絶してるって思ってた悪魔、突然声を上げた。
どうやら気絶したフリして反撃するつもりだったみたい。
ここらへんのクラスの敵だと、やっぱ油断できないな。
でも騙されないもんねー、えっへん!
ここまで考えて。
自分が成人してる大人だって気付いて、ちょい自己嫌悪。
もう自意識過剰は卒業したはずなのに……。
あ。
いまさらだけど、『厨二病(中二病)』って単語もないからね?
発祥は、1990年代末のラジオ番組ってのが主流だって(別の由来もある)。
そういや……。
ファンダリアに行ってるあいだ。
なんか令和時代のこと、あんまり思い出さなかったな。
まあ、ろくな思い出しかなかったから、無意識に封殺してただけかも。
ホント、ひどい記憶……。
「溶けちゃえ!」
杖に魔力を込めるリン。
白銀の光輝が悪魔を包んでいく。
しだいに輪郭があやふやになってきた。
「はい、終わり」
――シュン!
悪魔は光のつぶになって消えた。
リンは
俺たちを召喚したメルデス王国では、聖教会の大司教につぐ地位を与えられてた。
それだけに、死霊系や悪魔系の相手をするとマジで強い。
聖女の浄化系大魔法を食らえば、魔王軍の四天王でも無事じゃいられない。
中級悪魔なんて一瞬で浄化されてしまう。
「カイラスのやつ、こいつを検知してたんだな」
「ねえ、レンってば。変身してる時は、むやみに本名言ったらダメって言われてるでしょ? そこは大賢者って言うべき!」
「誰も聞いてねーよ」
そう言って、わざとらしく見回す。
と……。
たったいまラブホを出てきたサラリーマンと少女が、こっち見てる!
目ん玉、まん丸にして。
「あー、コレ、特撮番組のロケハン……」
しょーもない言いわけ。
(いや、ロケハンならコスプレしないっしょ?)
叡智君、そこ突っこまなくていいから。
「ごめんなさいー! あたしたち、マスク仮面のリンとレンですー。いま絶賛売出し中だからー。えっと、今後ともよろしくねっ!」
俺の言いわけを無視して、リンが本当のことを言った。
ただし口調や内容は、ひたすらアイドルの挨拶風で。
「「は、はいー!?」」
らぶらぶの2人。
そろって素っ頓狂な声を上げる。
そりゃそうだ。
お楽しみの余韻にどっぷし浸ってたのに……。
ラブホ出たら、いきなり変態コスプレの男女と鉢合わせしたんだもんな。
ちなみに昭和の今頃は、パパ活じゃなく『援助交際(援交)』って言うらしい。青少年育成条令とかはもうあるけど、令和みたく、未成年とつき合っただけで逮捕なんてことはなかった(by叡智君)。
だから大人と子供のカップルなんて、ごく普通にいる。
そこらへん昭和って、大らかっていうか子供の人権無視っていうか……。
大人のサラリーマンが、なんとかリードしようと声を出す。
「こ、こんな夜中に売出し中……そ、それは大変お疲れ様ですっ! じゃ自分らはお邪魔でしょうから、ただちに退散しますねっ!」
口調がまんま、上司に二次会の誘いを遠慮する時のものになってる。
いや、サラリーマンは辛いなー。
そういや……。
栄養ドリンクのリゲ〇ンのCM、今年に始まるんだっけ。
勇気のしるしを掲げて24時間戦えって、令和じゃ完全にパワハラじゃん。
あれ? なんで俺が知ってる?
まあ……どうせ叡智君の、『無意識入れ知恵』のせいだろうけど。
そんな昭和なサラリーマンが。
強引に少女の手を引き、全速力で逃げて行く。
こっちとしても、これ以上アホな会話をしたくない。
逃げてくれて大助かりだ。
「レン。もう魔物、いないかしら?」
何事もなかったようにリンが聞いてきた。
急かされて索敵魔法を行使する。
結果はクリアー。
「大丈夫。ここらへんには1匹もいない」
「それじゃ、ドロップを回収して帰るわよ」
魔物を完全消滅させた時だけ、『ドロップ』っていう戦利品が手にはいる。
中途半端に倒すと死体が残るから面倒くさい。
だから俺たちは、なるべく完全消滅を目指してる。
まあ、完全消滅させても、魔力的な痕跡は残るんだけどね。
「はいはい」
なんで命令されなきゃいかんの?
俺、いつのまにか底辺なの?
悪魔とゴブリンが落としたドロップ品を亜空間収納庫に回収する。
「帰還する」
残っているものがないか確認した上で、空間転移魔法を行使する。
もち、2人いっしょね。
俺が一番得意な魔法は時空系。
だから空間転移は、マーキングした場所を思い浮かべるだけで行ける。
行ったことない場所でも、地図とか明確な指標があれば大丈夫。
ただし飛んだ先に、大きな質量がないことだけは確認しなければならない。
そうじゃないと壁にめり込んだり、水に沈んだりと、いろいろ面倒なことになる。
人とかの軽質量なら、自動で転移座標がずれてくれるから、スプラッタにはならんけど。
ともあれ……。
空間転移魔法のおかげで、俺たちは自由かつ瞬時に移動できる。
距離に関しては、消費するMPと相談。
一瞬で何十キロも飛べるから、アリバイなんて作り放題。
でも3人の取り決めで、犯罪には手を染めないって誓ってる。
ちなみに同じ時空系でも、『
しかも過去にしか行けない。未来は不確定だからだ。
最上級ランクの大魔法だから、ほとんど全部のMPを持っていかれる。
これも安易に使えない理由のひとつだ。
そして困った事に、過去に飛ぶのも重大な制約がある。
それは……。
過去に到着した瞬間、歴史を構成する世界線が分岐するからだ。
つまり到着した先は、必ずパラレルワールドになる。
到着した世界の未来は、出発した未来とは別の世界線になっちゃうわけ。
まあ簡単に言えば、時間跳躍すると元の未来には戻れないってこと。
あれ?
すでに世界線が変わってるなら。
いまさら未来の知識をどうのって、叡智君が騒ぐ意味なくない?
これについては、カイラスが断固として反対してる。
なぜならカイラスの主な収入源は、株などの投資だからだ。
その他の収入もけっこうあるけど、それは副業なんだって。
株で確実に儲けるには、未来を見とおす必要がある。
カイラスは俺とリンから、大まかな歴史の流れを聞いている。
その歴史があまりに変わっちゃうと、株で儲けられない……。
だから、なるべく未来が変わらないよう注意しろってわけ。
さて……大魔法って言ったけど、じつはもっと上がある。
それは究極魔法。
究極魔法の『
だから魔王戦の時は、聖女と大賢者のMPをすべて供与してもらったんだ。
とにもかくにも……。
今日の裏家業は、波乱もなく無事に終了したのだった。
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