マスク仮面は帰りたい。

羅門祐人

第1話 マスクと仮面は夜に舞う


 午前2時。場所は東京。


 新宿歌舞伎町に近い、大久保のラブホテル街。

 そして、いまの俺はずぶ濡れ……。


 夏の雨だから、寒くはないけどね。


 

 異世界ファンダリアじゃ、仮面舞踏会で使ってたやつ。


 その中に、一筋の水滴が這い落ちていく。


 青い髪のオールバックも。

 灰色のツナギの上から羽織った安っぽいジャケットも。

 履いているバスケットシューズさえも。


 もうたっぷり濡れて重い。


 身長は178センチ、体重70キロの細マッチョ。

 当年とって21歳。


 だけど、よくおっさん臭いって言われる。


 異世界に召喚された時は18歳で。

 地球にもどった時は20歳。


 だから1年たったいまは、もう21歳……。


 なあ、俺の青春、返してくれよー。

 衝動的に、心の中で叫んでみる。


 ちなみに青髪は染めてない。

 これはの地毛だ。


 俺の前には1匹のゴブリンがいる。

 ザコらしく、口に巨大なドブねずみを咥えてやがる。


 さすが都会の鼠は、いいもん食ってるな。

 間違いなく、金欠の俺より……。


「グギギギギ……」


 威嚇せんでも取りゃしねーよ。


「レン! なに見てんのよっ! さっさと、やっつけなさい!!」


 横にいるリンが、命令口調で急かしてきた。


 リンは

 赤くて顔にフィットするタイプの、厚手のマスク。


 リンってのは変身中の仮の名前だ。

 本名は雨宮凛子あまみやりんこ


 雨宮は異世界召喚時15歳。地球帰還時は17歳。

 でもって現在は18歳だ。


 ふつうの女の子なら、多感な時期なのに気の毒って思わんでもない。

 でも雨宮は、ふつうじゃないからなー。


 身長は156センチ。体重42キロのため中学生にしか見えない。

 ついでに言うとDカップ。


 変身中のリンは、真紅のゆるいウェーブのかかった髪。

 靴は赤の編み上げブーツ。

 手にはロングのウェディンググローブ。


 そしてトドメとばかりに、ゴスロリ風の黒いフリル過多のショートドレス……。


 ちなみにレンってのは、俺の変身中の名前。

 変身していない時は、『上条蓮也かみじょうれんや』だ。


「リン、!」


 ある事に気がついた俺、制止の声をかける。


(それ、ヤバいのですよ。禁則事項だから)


 言った途端、頭の中で『叡智君』が騒いだ。

 ちなみにH君ではない。


 叡智君は、いわゆる『知識の泉』だ。

 異世界ファンダリア出身の大賢者が、してくれた。


 俺とリンが異世界に召喚された時。


 そのままだと異世界に無知なため、自動的に知識を収集してくれる『擬似人格』を、魔導錬金術を駆使して付与してくれた。それが叡智君。


 そして地球にもどった今も、律義に働いてくれてる。

 なにせ俺たち、時空のさまよい人だもんね。


 令和時代から異世界ファンダリアに召喚された。

 勇者パーティーに強制参加させられた。

 2年後、魔王討伐の旅に出た。


 ここらへんは、よくあるお話。


 で、魔王との決戦に挑んだんだけど。

 それはもう、見事なほどのボロ負け……。


 勇者と聖騎士は、魔王の大魔法で時空の彼方にふっ飛ばされて行方不明。


 残された大魔導師の俺と大賢者のカイラス・バースデン。

 そして聖女のリンは、文字通り絶対絶命の窮地に。


 勇者がいないと絶対に勝てない。

 それが異世界のルールだから。


 ぐずぐずしてると魔王に全滅させられる。


 そこで最後の手段。


『勝てないなら、せめて相討ちに』


 大賢者の命令で、俺は2人の魔力をすべて自分に集めた。

 時空系の究極大魔法『聖覇時空断ホーリーディメンション・スリップ』を使った。


 結果。

 魔王もまた、時空の彼方へ消し飛んだ。

 めでたしめでたし……。


 そう言いたいところだけど。

 じつはこの魔法、ドえらい欠点がある。


 それは自分たちも巻きこんじゃう、100パーセント自爆タイプってこと。


(なんでそんなの使うの、バカなの?)


 ああ、聞こえちゃいけない声が聞こえた気がする。

 いや、もしかして叡智君が言った?


 だって勇者がいない以上、相討ちに持ちこむのが精一杯だったもん。

 でも、死にたくない俺、めっちゃ悪あがきした。


 俺たちは異世界に召喚された時、一種の『タグ』を付けられてる。

 いわゆる、地球世界に繋がるだ。


 このマーカーをめざして、必死になって地球へもどろうってあがいた。


 悪あがきしすぎて、行き先の時間座標を間違えた。

 令和時代にもどるつもりが、しちゃった……。


 自業自得だけど、正直あせったねー。


 つまり『現在』は、令和時代から見ると36年も前!


 俺もリンも、まだ生まれてない。

 親だって未成年のはず。


 まったく……叡智君がいなけりゃ路頭に迷ってたよ。


 ここで叡智君の知恵をひとつ。


『ちょ待て』は、。ゆえに、現在では使ってはならない。


 あ、『ヤバい』は大丈夫。

 なんせ江戸時代からある。


 ウザいも、もう流行ってる。


 他にヤバいのは、『キモい/キショい』とか色々。

 キモいは70年代には存在してたけど、流行したのは90年代になってからだ。


 キショいは、もっと後。


 でもって……。

 『今』を正確に言うと、1989年の8月。


 年号でいえば昭和64年(平成元年でもある)。

 昭和は昭和でも、昭和天皇陛下が崩御しちゃった年だから昭和最後の年だ。


 で、結論を言うと。

 『ちょ待て』は現時点だと、まったく流行はやってない。


 流行ってない? それがどうした?


 そう思うかも知れないけど、叡智君が騒ぐにはきちんとした理由わけがある。


 のちの世に流行る言葉を不用意に使うと、『歴史パラドックス』が発生する。


 すると時間流エネルギーは、パラドックスを回避させるため世界線をシフトさせる。


 そう、量子論で有名なヤツね。


 世界線が分岐して別の世界線が生まれれば、それは元の世界線の未来には繋がらない。


 結果、『今』に生きてる俺たちは、かつて見知った未来……令和世界にはたどり着けなくなる。


 だから禁則事項は破っちゃダメってこと。


 ただ幸運なことに、近くには誰もいない。

 聞く者がいなきゃ、影響も出ないはず。


 だから大丈夫……だよね?


 俺の『待て』っていう呼びかけに、リンがふりむく。


「もう無理! 待てないって!!」


 リンの姿はコスプレにしか見えない。

 しかもゴスロリ。


 は高慢で独りよがり。

 ツンデレじゃない。ツンだけ。


 変身後の姿と性格は、その人物の『内面に潜んでいる資質』を反映する。


 雨宮凛子はジミ子で腐女子でオタだから、そのぶん内面は屈折しまくってる。だから姿はゴスロリで、性格がツンになる……これ当然の結果?


 そんじゃ俺は……っていうと。


 良くいや裏表ない性格。

 悪くいうと、なんも考えずに行動するチャラい男。

 

 そう、よく言われる。

 うるせーやい!


 だから変身しても、あんまり変わらん。

 肉体が大幅に魔法強化されるぶん、ちょっぴり強気になるだけ。


 えーと……以下、叡智君に聞いたこと。


 日本でのコスプレは、アニメの発展と共に流行はやり始めた。

 だから1989年の現在、とかとかの衣装を着るコスプレイヤーが多い……だって。


 だけど……ゴスロリは、まだ流行ってない!

 だから、とっても目立つ。


 ここでさらに、叡智君が追加してくれた。


(ただし去年には、ゴスロリ発祥と言われる『蟻プロジェクト』が結成されている。のちの『ALI PROJECTである』)。


 あ、だからリンの衣装はセーフなのか。

 知識って、ためになるねー。


 に変身したリンは、まさに小悪魔。

 黒い矢印のしっぽがないの、不思議なくらい。


 くるりと回って、を振りおろす。


「あ……待てってば!」


 ――シャリーン!


 俺の声と聖魔法『白光』が炸裂する音が重なる。


 ゴブリンが一瞬でかき消える。

 濡れたアスファルトの上に、ドロップした品だけが残った。


「待てって言ったのに……」


「なによー」


 何度も言われて御不満の様子。

 でも言うべき事は言わないといけない。


「念のため索敵したら、そこの角の奥に

「え……あー、任せた!」


 悪魔とゴブリンとじゃ、熊とウサギくらい強さが違う。

 中級悪魔ともなると、変身してても油断できない相手だ。


 ましてや、ここは地球。

 1年前まで住んでた異世界ファンダリアとは違う。


 なにが違うって言えば、大気に含まれる魔素量が20パーセントしかない。


 ここまで魔素量が少ないと、いろいろ困った事が起きる。

 その最大のものが、『変身していない状態では初歩的なスキルや魔法しか使えない』ってこと。


 なら変身しちゃえばいいんじゃね?

 そういう声が聞こえてきそうだが。


 変身したらしたで、いろいろ問題が出てくるんだ。


 変身すると、スキルや魔法の威力が格段にデカくなる。

 そのぶん魔力量MPの消費量も大きい。


 だから連発しちゃうと、見る見るMPが減っていく。


 異世界だと、出る量と自動回復する量のバランスが取れてた。

 でも地球じゃ圧倒的に出る量のほうが多い。


 そこで、うまく戦うにはMPを節約しないといけなくなる。

 具体的には魔力を『溜める』ことで、需要と供給のバランスを取る必要があるってわけ。


 それにしても……。


 大魔導師のカイラス、出かける前に変身しとけって言ってたけど。

 まさか最初っから、ここに中級悪魔がいることを見通してたんじゃねーだろな?


「短距離転移」


 しかたがない。覚悟を決める。

 俺は、空間転移魔法を使った。


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