幼稚園武闘伝KOMADORI

阿炎快空

幼稚園武闘伝KOMADORI

「フン……言われた通り、一人で来たようだな」


 砂埃の中、一人佇むその巨漢の男は、開口一番そう言った。

 俺は「へっ」と笑ってそれに応じる。


「下駄箱に果し状とは、古風なこった。何か用かよ、先輩?」

「迷惑なのさ、お前みたいな新入りにデカい顔されちゃあ」


 男がゴキリと首を鳴らす。


「荒くれ者の巣窟、コマドリ幼稚園を仕切るのはこの俺——年長組のふとし様だ!」


 そう、ここは幼稚園の園庭。

 本来なら二人とも、皆と一緒にお昼寝をしているべき時間である。


「くらえ!」 


 叫ぶなり、男——太が俺に襲い掛かった。

 予想外の俊敏さに反応が送れる。

 相手は一つ年上。

 油断はしていなかったが、この巨体でこの動き——こいつ、まさか!?


「今更気づいたかっ!?」


 あざけりの言葉と共に、剛腕が唸る。


「俺の通り名は——〝遅生まれの太〟!」

「があっ!?」


 両腕での防御も虚しく、強烈なラリアートが俺の小さな体を吹き飛ばした。

 無様に地面を転がる俺。


「ククク……帰ってママのオッパイでも飲んでるんだな」


 そう吐き捨て、太が踵を返す。

 ——だが。


「……お袋には悪いが、ミルクには少々うるさくってね」


 俺はそううそぶきながら、ゆっくりと立ち上がった。


「北海道産しか、喉を通らねえんだ」

「なっ!?」


 太が、驚愕の表情で振り返る。

 擦りむいた膝がじんじん痛むが、せいぜいその程度だ。


「その〝骨密度〟——お前まさか、牛乳を!?」

「飲んでるぜ……一日三本な!」

「チイッ!」

「遅え!」


 拳をかい潜り、太の腹に右ストレートを叩き込む。


「かはあっ!?」


 太は苦しげに呻くと、その場にガクンと膝をついた。


「ぐ、ぐう……俺の負けだ……今日からお前が、コマドリの頭だ」

「おいおい、よせよ。俺は別に、そんなもんに興味はねえ」

「何?」


 怪訝そうに眉を潜める太に、俺は胸を張って言い放つ。


「俺が見据えてんのはもっと上。コマドリ小学校の生徒会長さ」

「なっ——あのマンモス校、コマ小の!?」


 太の瞳が、驚愕で見開かれる。


「正気か?下手したら……死ぬんだぞ?」

「かもな」


 頷き、ニヤリと笑う俺。


「でもよ、できそうだからやるとか、無理そうだからやめるとか……そういうんじゃねえだろ、こういうのって?——さて、と」


 俺は二の句が告げずにいる太に背を向けると、ひらひらと手を振った。


「先公にバレる前に教室戻らねえと。あばよ」






 ——数分後。

 残された園庭で地面に膝をついたまま、太は一人、フッと笑った。


 完敗だ。

 この園に——しかも年少組に、あんなに骨のある奴がいるとは。


 それにひきかえ、自分はどうだ?

 今の地位に固執するあまり、随分とつまらない大人になってしまっていたらしい。

 太は雲一つない青空を見上げて、ぽつりと呟いた。


「飲んでみるかな……牛乳」

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幼稚園武闘伝KOMADORI 阿炎快空 @aja915

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