ゴリラと脳筋とボクシングジム

試合開始の太鼓がなる。相手の“ボクサーゴリラ”と対峙したカールは、ある一つのことに頭を悩ませていた。

(……俺、一体何やってんだ?)

彼と相手の“ボクサーゴリラ”が殴り合っている間に、この状況に至るまでの経緯を説明させていただこう。


〜数時間前〜

カールは、一人森の中をほっつき歩いていた。

「まったく、あの野郎どもめ、なんだってこんなところで迷子になりやがるんだ!」

……言うまでもないが、迷子になっているのはカールの方である。

“アーチャーモンキー”の陣地を爆破した後、「美味しそうなキノコを見つけた。ここでまってろ」と言ってカールは二人のもとを離れ、そのキノコを採取しに行ったのだが、普通に帰り道を忘れた挙げ句、そのことに自覚すらなかったというわけだ。

「くそっ、あいつら見つけたらとっちめて……何だこりゃ?」

カールの目の前に、不思議な建物があった。

大きさとしては、大体体育館二つ分くらい。木造、ガラスの代わりなのか大量の柵でできた壁、それと周囲をウロウロしている“ボクサーゴリラ”たち。

「!?やっべ!」

彼はあわてて近くの低木の影に隠れた。ガサガサと音がしたが、“ボクサーゴリラ”の聴力は身も蓋もない言い方をするとたいしたことないので、彼らは気付かずに素通りしていった。

「危なかったー。にしても、こっからどうすっかな?この建物はいったい……」

彼が今後なにするかに頭を悩ませていると、ちょうどそこに覆面をした“ボクサーゴリラ”がやってきた。手に葉巻(一種のタバコ)を持っているあたり休憩だろう。タバコのせいで痩せているのかどうかは知らないが、普段いかにも筋骨隆々といった体つきをしている“ボクサーゴリラ”たちの中では珍しく比較的筋肉が少なめだ。それでも筋肉ムキムキなのは変わりないが。

結果として背格好は、カールとほとんど同じ。

「……よし!」


「お、ようやく戻ってきたな。」

ジムの中で、さっきの覆面の“ボクサーゴリラ”に、仲間であろう“ボクサーゴリラ”が話しかけていた。

もうここまでの文章で察しているだろうが、その“ボクサーゴリラ”の中身はカールである。さっき近くを通りかかった覆面を被った“ボクサーゴリラ”をパンチ一撃で沈め、その後覆面とついでに皮をはいで被ったのだ。

(何て返せばいいんだかわかんねぇ!毛皮暑い!)

そりゃそうだ。ゴリラはそれなりに毛深いし、彼らなりにいくつかの排熱方法を有している。そんなものも知らん人間が皮を被って暑くないわけがない。

「まったく、あいかわらず無口な野郎だな、お前も。まあいい、もうじき試合が始まるから、ちゃんと準備しておけよ。」

そう言うと、彼はカールにグローブを手渡す。ちょっとコゲている上にグラタンがこびりついている。

(あ、この野郎、グローブをミトン代わりにしやがったな!汚れが入っちまうだろ!)

無駄に神経質なカールだった。

「聞いてんのか?さっさと行くぞ。)」

(ええい、もうなるようになれ!)

そう言った“ボクサーゴリラ”に腕を掴まれ、会場に引きずり込まれたカールは、全てを諦めた。


といった具合で、現在に至る。

実を言うと、カールはボクシングのルールなんて何一つ知らず、ただ殴り合う競技程度にしか思っていなかったが、ある意味それが幸いした。見た目の筋肉量では明らかに“ボクサーゴリラ”たちより劣るのに、カールはほとんどの相手を一撃で沈めていた。“ボクサーゴリラ”の弱点はやはり頭部のようだ。まあ人間も同じといえばそのとおりだが。

(よっし、よくわかんねぇけどたぶん優勝だ!)

「なんと!今回の大会で見事優勝したのは、無言の戦士フックさんでした!フックさん、今のお気持ちをどうぞ!」

「……」

そりゃそうだ。迂闊に喋ったら声の違いで変装がバレかねない。

「なるほど、「何も言うことはない。当然の結果なのだから。」ということですね!ありがとうございます!」

無駄なカバー力と妄想力を兼ね備えた有能な実況者であった。

そんな状況下で、カールは窓からこちらを覗いている何かに気がついた。

「それではフックさん、優勝賞品の願い事をどうぞ!」

そう言うと彼は、一枚の紙をカールに差し出した。それはカタログであった。山程の金貨、黄金のグローブ、なにかの王冠、裸の女性(ゴリラだけど)、そして、「その他」と書かれた記入欄。

(優勝賞品をえらべということかな?にしても自由すぎない?)

物語の都合という不思議な力で状況を察したカール。しかし、この中に彼の心を引くものはなかった。強いて言うなら斧が少し気になったところだが。

彼は出口の方へと向かう。何も選ばず出口へと足を運ぶカールを不思議がって司会者たちがついていく。

彼は受付が売っていたチケットを手に取る。そのまま外へと出て、そしてそれをずっと窓の外から試合を眺めていたみすぼらしい格好をした子供たちへと渡した。

「……?」

不思議そうな顔をする観客と子供たち。カールはそんな彼らを無視して、さっそうと去っていった。なんでこんなことをしたのか、本人を含め誰一人わからなかった。


「カールさん!探しましたよ、一体どこをほっつき歩いてたんですか!」

エミーと合流したカールは、早速彼女から説教を喰らっていた。

「え?そうなの?いやぁ、心配かけてすまんな。」

「はぁ……まったく、あなたって人は……。」

「あれ?そういえばルイは?」

「気付かなかったんですか?彼ならなにか呟いてどっか行っちゃいましたけど。」

「まじかよ、今度はあいつが迷子じゃね?」

「あなたと違って道は覚えてると思いますよ。」

「誰が脳筋だこの野郎!」


その日。

そのボクシングジムは、入場を無料にすると宣言した。

子供たちは、こぞってボクシングを見に来るようになった。

本物の“フック”という名前の“ボクサーゴリラ”は、いつの間にか自分が優勝者となったという現実に戸惑っていたが、調子に乗らず謙虚に子供たちにボクシングを教えてあげることにした。

子供たちは彼に感謝した。観客や他の選手は、彼を尊敬し、もっと精進しようとよりいっそう努力した。

少なくとも、このボクシングジムにおいて、全てがいい方向へと向かっていった。


突然、そのボクシングジムは、空から大量に降ってきた土砂に埋もれた。中にいた者たちは、老若男女に強弱に立場にと、全て関係なく等しく生き埋めとなった。誰一人として、生存者はいなかった。

すぐ近くにいた黒髪の少年は、それに一瞥も与えずに、その場を立ち去った。彼の顔の表情は、影に隠れて見えなかった。


今回の戦利品

こげたグローブ(ボクシング会場でもらった) 攻撃力:2 ミトンがわりにされてた可哀想なグローブ。ゲームっぽく言って通常攻撃が2回攻撃になる。→カールが装備

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