No. ナンバー

うに

第1話

「やあ、おはよう」


 少し薄暗い部屋の中、目の前には右手を肩まで挙げ、左目のみ瞑っている男の人がいた。

 彼は不思議そうな顔をしながら今の状況に固まっている僕に近づいてきた。


「あれ、見えてる?おーい」


 彼は穴の中を覗くように僕に目を覗いたり手のひらを向けて上下させていた。


「あ、あの…ここは?」


 これが僕の人生初の言葉だった。そこに彼はすかさず

「ここは凄い組織の本部の地下室だ。詳しく言ってもわからないからそんな認識でいいよ」


 彼の優しさなのか適当さなのか、物凄く曖昧な返され方をした。


「貴方は?」


 僕はもう1個気になっていることを聞いた。それを聞いた彼はすごく驚いた様子で本当に知らないのかと確認してきた。


「はい…」


 僕は少し困惑しながら肯定した。しかし実際に知らないのだ。それを聞いた彼は少し困った様な、悲しんでいるような表情で何処か遠くを見つめていた。


「ちょくちょく話しかけてたんだけどなぁ」


 脱力した様な雰囲気でそう返された。当然だが彼と話した記憶はない。どう言うことかと彼に尋ねた。そうすると彼は


「後ろ、それ」


 僕の後ろにある謎の筒?を指差した。


「君はずっとそれで寝てたんだよ。それに話しかけてた」


「え?」


 信じられないような顔でそう答えた。この筒で寝る?これで寝られるのなら普通にベットで寝たいものだ。


「君が寝てたのは大体2000年くらい」


「??」


とうとう声すら出なくなった。この筒で2000年寝る。寝ているのだろうかそれは。


「嘘ですよね?」


「歴史はそう言ってる」


 変な返しをされた。ただ確証を持って2000年と言っているのは確かだろう。そうすると彼は長々と話し始めた。


「今は新暦2001年、正体不明のナニカが世界を蹂躙していた頃、今では英雄、勇者とも呼ばれる者がそのナニカを打ち滅ぼした時から2000年経っているのだが、君が眠っていたその筒状のナニカを研究したところ2000年前のものであるという事がわかったんだ。つまり、君はそのナニカとか勇者とやらの実情を知っている可能性が高いわけだ。わかったかね?」


 彼の意図が分かった。つまりはその、その…僕の記憶を求めていたのだ。


「それなのに君はおそらく記憶喪失ときたもんだ。衝撃とかによるものでもないから一時的なものではないと俺は思ってる」


「すみません…僕のせいで」


 彼は慌てたように「気にするな」と返した。そして本題を話し始めると言った。ここまでの話でもう満足なのだが。


「君の問題は主に二つある。1つ目は記憶が無いこと、これはまあ頑張ってくれ。」


 酷い扱いだと思った。


「2つ目の問題は君の処遇だ。現在うちの組織で君の処遇は大まかに3つある。1つ目は処刑、見るからにとは言わないけど2000年時を超えてきたやつは危なさそうだしね。2つ目は人体解剖、人類の役に立ってくれ。3つ目は俺の部下として働くこと、主に世界平和とか遺物の収集とかだね。最近は凶悪犯の捕獲とかもしてるよ、ぶっちゃけ死ぬけど。はい、どれが良い?」


もっと酷い扱いだと思った。


「最終的には全部死ぬと?」


「そんなこと言ってないよ、ただ死ぬ可能性が高いだけだよ。みんな生きてれば死ぬことくらいあるでしょ」


 すごく軽い。彼は人の命をなんだと思っているのだろう。でも僕は1番生きられる方を選ぶ。


「じゃあ、3つ目で…」


 彼は非常に喜んだ顔で「そうかそうか」と、頭を撫でてきた。これで正解なのだろうか。


「名前はなんと言ったかな?部下になるなら名前くらい知ってたいからね。」


「名前…」


 記憶にない。モヤがかかっている様でもあ穴が空いている様でもある感覚だ。


「名前も覚えてないのか、なら俺がつけてあげよう」


 嫌な予感しかない。この人との関係は精々数分だが賭けてもいい。この人はネーミングセンスが無い。

 一方彼はしわしわの梅干しのような顔で名前を考えている。少し面白い。


「君の名前は今日から港ミライだ」


「ミナトミライ」


「ミナトは海の方にある港の漢字だ」


 意外といい名前だ何よりも語呂がいい。呼びやすくて良いかもしれない。


「名前の由来とかは?」


「港は俺の苗字で未来は、未来はー。…未来に期待するという意味だ。いい名前だろう?」


 絶対今由来考えた。意味が欲しいというわけでもないが流石に露骨すぎると思う。


 怪しんだような顔をしたのがバレたのか有無を言わさず彼は

「返品は受け付けておりません!はい未来の名前決定!」


「その名前でも別に問題無いですけど…」


なら文句は無いなと言わんばかりに手をクイッとこまねきながら

「名前が決まったと言うことで応接室まで連れてくからついてきてくれ」彼はそう言っている。


「そういえばあなたの名前は?」


 聞き忘れてた事を聞いた。もう少し前に聞いたほうが良かっただろうか。


「ああ俺の名前ね。言い忘れてた。港ゲンだ。好きに呼んでくれていいぞ。」


 普通の名前だった。親が常識のある人だったのだろう。彼について行って階段を登る。薄暗くはあるが管理はしっかりしているようだ。


「この扉を出たらお前の人生が始まると思っていいぞ」


 そう言いながら彼は扉を開けた。扉を出たら高い天井、長く広い廊下、右手に女の人。


「ソラ!来てたんだな」

 ゲンさんは少し嬉しそうだった。あの女の人はソラという名前らしい。


 ソラさんは「あれが例の人?」そう確認してこちらに近づいてきた。一通り眺めた後彼女は言い放った。


「なんで裸なの?」


「「あ」」


そういえばそうだった。


 ソラさんに服を渡され、応接室に通された。ゲンさんは上に話をするだとかで別れた。


「応接室にしては随分生活感がありますね」


「貴方は今日からここに住むもの。研究対象として人類の役に立ってね。」


 随分とそっけない態度だ、少し不貞腐れている様に見える。それにゲンさんから話を聞いていないのだろうか。


「お茶、取ってきますが貴方はお茶飲める?」

「飲んだことないので…」

「そうなの、珍しいわね」


 そう言いながらソラさんは応接室?を出て行った。ゲンさん曰くソラさんのお茶は苦すぎるらしい、そんな劇薬を飲ませるのは可哀想だし暇だろうとの事で街中を散策しても良いとのこと。

 その劇薬がどれほどの物か気になるがあのゲンさんが言うのであれば相当なものだろう。


 どう抜け出そうかと考えている所もうソラさんが帰ってきた。


「どうぞ」


 そう言ってソラさんに差し出されたお茶は…これはお茶なのだろうか、謎の草と泥?変な匂いも漂ってくる。


「やばい」


 気づいた頃には窓を突き破って飛び出していた。窓を割ったのは申し訳ないがアレに耐えられるほど僕は大人ではない。なんなら生後1時間と言っても過言ではない。


「まあ散策もできるしいいかぁぁぁぁ」


 街に来た。あのお茶には何が入っていたのか分からないが凄い変な感覚だ。ぼーっとするような浮いているような、全てがどうでも良く感じる。

 窓の外からは見えなかったが物凄い工業都市だ車は分かるが空をブンブン飛んでいるあれはなんだ?技術力が想像を超えてくる。廊下や応接室の様子からそこそこ発展してあるとは思っていたがここまでとは。感心していると肩を掴まれた。


「ビクッ」

「効果音言う人久しぶりに見たよ」


 警察官だろうか、それっぽい服を着ている。


「連邦の服を着た人が叫びながら走ってるってことで通報を受けたんだけど。」

「僕です、すみません…」

「あの隊はブラックってよく聞くからね、たまには疲れを取りたいのは分かるけど周りを怖がらせるようなことはやめてよね」

「はい…すみません」

  僕は頭を下げた。そこまでは良かったのだ、だが警官の方を見たら頭が消えている。


「え?」


 無意識に声が出ていた。断面図が吐き気を催す。鳥肌が立つ。頭の中が真っ白になるとはこう言うことだろう。


「お前が例の旧人類だってな。どんなやつかと思ったがこんなガキだとはなぁ」

「貴方は、え?」

「どうしたんだぁお前。死人と見たことないのか?」


 背後に現れた謎の男。なんで僕を、それよりもなんでこの警官の人を。


「お前にはやってもらう事があるんだ」

「な、なんでこの人を」

「ああそいつのことか、騒がれたら困るから一応な」

「それが理由になると思ってるんですか」

「人類のためだ。そのための犠牲ってやつさ。とりあえずまた寝ていてくれ」


 謎の男は僕に向かって飛びかかってきた。僕は何かされたわけでもなくただ恐怖で目の前が真っ暗になっていた。



………

「おはよう。これ言うの2回目だね」


 知らない天井、聞き覚えのある声。隣にはゲンさんと怒った顔のソラさんがいた。


「ゲンさん、何があったんですか。それにここは?」


「ソラに言われてギリギリのところ君を保護させてもらった。意識がなかったから一応病室にね。」

 ゲンさんは淡々と答える。こういったことは定期的にあるらしい。


「君を襲ったのは1ヶ月前に脱獄した凶悪犯だ。名前は伊藤修也なんで君を狙ったのかは取り逃したから調査中だね」

「下の名前も漢字なんですね」

「言語はみんな同じだけど文字や文化の違いはあるんだ。それよりも酷く冷静だね」


 人の死を見て元気でいられるわけがない。普通はそうなのだ。


「人が死んでいるんですよ!元気な貴方の方がおかしいですよ」


 強く言ってしまった。ただこれは悪い事だとは思わない。それを聞いたゲンさんは頭に?を浮かばせていた。


「首が飛んでた警官は生きてるぞ」

「???」

「断面図が綺麗すぎてギリギリ生きてた」


 いつから人間は首が無くなっても生きていけるようになったのだろうか。


「そういえばお前は知らないのか」

「2000年前のナニカの説明はしただろ?勇者とやらがナニカを倒した後に生まれた人間は生存力と身体の修復能力向上してるんだ」


 ゲンさん曰く旧暦に生まれた人間は旧人類、新暦は新人類と分けられているとの事。あの警官はその生存能力と現在の科学力によってギリギリ生きながらえたらしい。


「伊藤も僕のことを旧人類と呼んでいました」

「そこまで知っているのか、ますます分からねぇな」

「話は変わるのですが、1つお願いがありまして」


 真剣な表情で、1番大切なことを聞いた

「警官の人には会えますか」


「断言する。それは後悔するぞ、やめておけ」

「なんでですか!僕のせいであの人は…」


 ゲンさんから返された答えは非常に悲しいものだった。


「俺は生きているとしか言っていない」

「え?」

「彼はもう動けない。顔以外はな」


 僕は生きているという一言に逃げていたのかもしれない。今まで通りの生活が送れているのだと、信じていたのかもしれない。


「その上でお前は彼に会う気か?」


 ゲンさんは再度確認してきた。その面持ちは今までに見たことがないような真剣なものだった。しかし、僕の気持ちは決まっている。


「会います。会わせてください」

 そう答えるとゲンさんは絶妙な表情で了承してくれた。明日、例の警官と会う。



………

 今日はあの警察官の人に会う日だ。気まずさも申し訳なさも感じている。ただ、それでも彼と向き合うのだ。


「失礼します。港ミライです」


 医務室の扉を開ける。扉の先には車椅子の彼が座っていた。


「どうぞおかけ下さい」

「失礼します」


 僕は丸椅子に座る。だだ、もう後戻りは出来ないのは確かだ。


「私は樋口裕、ご存知の通り警察官をさせてもらっているよ」


 彼は淡々と話し続ける。樋口さんは元々ゲンさんと友達だったこと。そのゲンさんが頭を下げて話し合いの場を作ってくれたこと。その上で彼は言った。


「なんで私に会いにきたのかな」

「謝りたかったんです。僕のせいで貴方が…」

 僕は正直に気持ちを語った。自身の身の上、勝手な判断により彼が重傷を負ったこと、全てを話した。


「だからなんだと言うんだ」

「え?」


 僕は彼の瞳に驚愕した。顔以外動かせない体、感覚すらない体。この世に生まれてまだ1日の僕でも分かる。もう終わりだと、それなのに彼は、彼の瞳は光を失っていなかった。彼は続ける


「人は平等の上にいる生き物じゃないんだ。貧富の差と力の差もあるだろう。ただそれが、それだけが己が無力だと決めつける理由にはならないだろう」

「今、私はこの見てくれだが無力だとは考えていない。出来ることがあるはずだ。港ミライくん。君は何を目指し、何をするんだ」


 僕は何を目指しているのか。考えたこともなかった。ゲンさんが作った土台の上で動いているだけで今までは満足してたし気にもしなかった。ただ今では彼を見て断言できる。


「貴方みたいになりたい」

「言葉には出来ません。ただ貴方のように気高い意思を持って生きたい」


 それを聞いた彼は気が抜けたかのように大笑いして扉の方へ「もういいぞ」と声をかけた。それを聞いてゲンさんとソラさんが現れた。


「ゲンさん!」

「聞かせてもらったよミライ君。予想を超えてくれたね、嬉しいよ」


 そう言いながら現れたゲンさんをソラさんが後ろから蹴飛ばす。蹴飛ばされたゲンさんは何を蹴られたのか股下あたりを抱え、悶え転げ回っている。それを横目にソラさんは言う。


「貴方達で解決してくれているなら私はいいのよ。ただなんで急に逃げ出したの?」

「ゲンさんが街中の散策も含めて逃げ出していいと言っていたので」


 それを聞いたソラさんは無言でゲンさんを蹴り続けていた。最初はや、やめ。あだぁぁぁぁと言いながら悶えていたゲンさんも気付けば何も言えなくなっていた。それを見て裕さんは


「こいつらは変わらないなぁ」

 そう言いながらゲンさんは何処か寂しそうな顔をしていた。



…………その日の夜

「ということで君は俺の部下として働く事を選ぶ事になるけど本当にそれでいいんだね」


 ゲンさんは真剣な面持ちで確認してくる。しかし僕の気持ちはもう決まっている。それを察したのかゲンさんは嬉しそうに言った。


「ようこそ、国際連邦対犯罪課第5隊へ」



………あとがき

 1話読んでくれてありがとう。初めての作品だけど今後ともよろしく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る