黒矢木宅の隣人の証言

 ああ、あの人ですね。


 やかましい人で何度壁ドンしてやりたいと思ったことか。コンクリート打ち放しだからできませんでしたけど。


 配信だか何だか知りませんけどね、たまにすっごい大きな声を出すんですよ。誰かと言い合うような怒声って言うんでしょうかね。アレのせいで娘が怖がっちゃって。


 一度文句を言いに行ったんですけど、まったく聞いてくれなくて。


 ――それはいつのことだったかって? ええっと、頻繁に怒鳴り声が聞こえるようになってからだから……今年の4月に入ってですね。


 その時はまあ、元気といえば元気だったんじゃないですか。アルコール臭くて、目は血走ってて、それはもうべろんべろんに酔ってましたよ。傘でぶん殴られそうになりましたし。


 怖くて怖くて、通報したんですよ。そうしたら、警察に注意されてらしくて、いっときは静かになったんです。


 でも、21日の夜、すんごい音がしたんです。


 ものが飛び交って壁にずしんとぶつかったみたいな音っていうんでしょうか。それから大声。いつもの汚いののしりじゃなくて、心がこごえるような悲鳴です。


 ケンカでもしてるのかと、私と妻が顔を見合わせて震えている間に、バリボリバリボリと何かを噛みくだくような音がかすかにしてきて。もうほんっと心臓が止まるかと……。


 いやいや、うちの犬は骨なんか食べませんって。ほとんどドックフードですから。


 完全に静かになったのが確か午後11時前後くらいだったと思います。


 バクバクと波打っていた心臓がようやっと落ち着いてきて、そしたらお隣さんのことが心配になってきたんです。いかに迷惑していたとはいえ、隣人にはほかなりませんからね。


 で、外を出ました。春なのに梅雨みたいな湿気が漂っていたのをはっきり覚えています。


 隣の部屋のインターホンを押しますと、ドスドスドスと足音がかすかにした気がしました。


 ですけど、現れたのはその写真の方だったんですよ。見るからにモデル体型といいますか華奢きゃしゃな方でしたから、後から考えるとそんな足音するはずないんですけどねえ。


 とにかく、一言二言話をしたんです。でも、なんか変というか……。


 すぐに謝られてしまったんですよ。ちょっと拍子抜けと言いますか、以前は無視か逆ギレされてましたから。


 物音については豚骨ラーメンをつくるために、骨を砕いていたからそのときのものでしょうと言われていました。何度か手を滑らせてバチを壁にぶつけてしまった、と。


 納得はできませんでしたね。


 ――ならどうして理由を聞かなかったのか、ですって?


 怖くて、私にはとてもとても。


 能面の笑みっていうのは、ああいうのを指すんでしょうね。不気味に笑ってたんです。しかも顔には血の気がなくて、ゴムのマスクでもかぶってるんじゃないかと思っちゃったくらいです。


 そういえば、本を大事そうに抱えていましたね。


 覚えていることといったら、あとは、その夜は朝まで静かだったくらいですかね。


 はやく見つかるといいですね、その方。

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