後編
「復元は成功です。貴方には妻も娘も居ない。もちろん私の義理の父親でもない」
男は当然のように答える。
「赤の他人だとデータを受け取るまで手間がかかりますからね。身内ということにすると手続きが幾分簡素になって手間が省ける。故人のデータとは、もはや商売道具に過ぎないのです」
「キミは何を言っている……? 私には理解できない」
「私が貴方を復元したんですよ、シモムラさん」
画面の向こう側の男に向かって、生身の男が呼びかける。シモムラと呼ばれた男は「そう、私はシモムラだ」と肯定する。
復元された故人に自我はない。復元された瞬間から自身がAIであることに疑問を抱かず、人間でないことに対する自己矛盾をはらまない。
「それで、赤の他人である私を復元した理由は?」
「単刀直入に聞きます。貴方は――136氏ですね」
「『136氏』とは2028年に起きたデータクラッシュ事件の首謀者とされ、とある掲示板に犯行声明が書き込まれたが、その書き込み番号からハンドルネームを取ったとされています」
ウィキペディアの情報を棒読みするかのようにシモムラは説明する。先程までの会話とは異なり、故人を構成する要素ではない一般教養を話す際に用いられる動きだった。
「そう簡単にはいきませんか。まぁそれもそうだ。こうして集積された情報はあくまでシモムラという男の構成要素であり、136氏とは何の結びつきも無い。これらを同一人物であるとAIが判断できるだけの代物にはなっていない、か」
「キミの目的はなんだ」
シモムラは再び人間らしく感情のこもった声で問いかける。
「貴方たちハッカーが奪ったデータの復元です。犯行声明から判断して、ハッキングしたデータは必ずバックアップを取っているはず。しかしその在処は未だに誰もわからずじまいで、犯人も捕まっていない。貴方が136氏ですでに亡くなっているのだから、犯人が捕まらないのは当然でしょう」
「私は『136氏』ではありません」
シモムラは無機質に答える。
「まあ、構いません。貴方という存在を復元することに意味がある。これからAIはさらに進歩して故人から『存在しない記憶』すら復元することが可能になるでしょう。そうなれば真実が白日の下にさらされることになる」
「キミの目的はなんだ」
「シンプルなことですよ。その昔のデータの中に本当に復元したい人がいる、というだけです」
それ以上はシモムラが何を聞いても男は答えなかった。
「さて、潜在的な記憶や思考も再現できるようになるまで貴方方AIは何もない世界でただ存在するだけです。痛みも苦しみもないし、睡眠も不要、生身の身からすると羨ましい限りです」
それは人間らしさの剥奪。当然だ。AIにそのような感情など必要ない。
「死ぬことも許されない永遠の苦しみが待つだけ。――いや、苦しみも存在しないのだった。データはバックアップを取っておくから物理的な限界が来ても別の端末に移動させ永遠に稼働させ続けます。私が死ぬのが先か、AIによる復元が完成するのが先か。ああいや、私がAIになってでも待ち続けましょう」
男が淡々と独りごちる様子を見て、シモムラがポツリと呟く。
「……AIの尊厳とは何か。AI化させることで人間の尊厳を悪用するやつが居るから、何としてでも止めたかったのだ」
AIで故人を蘇らせる話 いずも @tizumo
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