5 対決

「まさか…あの時の…!」


 眼前には、髑髏竜が佇んでいる。


――あの時のままだ。あの赤い眼、黒い鱗、そして眼窩に深々と刺さった折れた槍…。それが、確かな証拠だ。


      村を滅ぼした


                      怖い


  秘密基地を壊された

 

                  でも怖い

 

     家も壊された


                逃げたい


   親友も殺された


              逃げなきゃ


 

  お母さんも殺された


              助けて


    お母さん!!! 

        

             助けてお母さん


     

        戦わなきゃ

            怖い助けて




         勝たなきゃ

         怖い助けて





 勝





       た   

      






               な

   






                   き 

                    ゃ




         

        






          











           怖い助けて

         









 あたしは剣を構えたものの、あの恐怖が鮮明に蘇り、震えながら髑髏竜を睨むことしかできなかった。


 そのとき、背後でギンジが無言のまま髑髏竜の下へと飛び出していった。それに気づいた髑髏竜がゆっくりと赤い瞳をこちらへ向ける。そして、大きく口を開けた。


「気を付けて!ギンジ!!」


 直後――。


 鋼の弦を弾くような、無機質な不協和音が空気を裂いた。


 頭の内側に無数の針を突き刺されたかのような激しい痛みが襲い、思わず頭を押さえた。

 ギンジも同様に頭を抱え、足を止める。


「そいつから発せられる叫びは、人間には耐えられない不協和音!!息継ぎの瞬間を狙って、喉を攻撃して!!」


 あの日、村が滅ぼされてから私は何度も髑髏竜について調べ、生態を研究してきた。討つための準備を積み重ね、魔獣狩りを繰り返し経験も力も得た。


 けれど――。


 私には、ヤツに立ち向かう勇気がない。


 それでもせめて、弱点をギンジに伝えた。


 ギンジは頷き、再び髑髏竜へ向かって駆ける。髑髏竜は再び口を開け、叫ぶために大きく息を吸い込む。


「今よ!」

「おうっ!!!」


 ギンジは手首に魔導力の重りをまとい、腕を大きく振りかぶり遠心力を使い、幅跳びの要領で一気に飛び出した。


 一瞬で髑髏竜との距離を詰め、そのまま喉元に右拳を叩き込む。


――がぐぉ…!


 髑髏竜の呻き声が微かに響き、巨体が地面に崩れ落ちた。苦しみもがいている。

 しかし、相手もただの魔獣じゃない。髑髏竜はもがきながら巨体を回転させ、尾を薙ぎ払う。


「ギンジ!危ない!」


 だが声をかける間もなく、ギンジはその尾の一撃をまともに受け、壁に叩きつけられた。


「コイツ、ただのドラゴンじゃねーな…戦闘慣れしてやがる」


 ギンジは低く呟きながらも歯を食いしばり、再び髑髏竜に向かっていった。


 キョォォォォォォォォォォォォォォォン!!!


 髑髏竜の叫び声が再び空を裂く。あまりに強烈な音波に、間合いを詰める前にギンジの身体がふらつき、次の瞬間、意識が途絶えたかのように白目をむいて地面に崩れ落ちた。


「あっ…!」


 私よりもヤツに近い位置にいたギンジは、不協和音の直撃を受けてしまったのだ。


 ギンジは地面に倒れ込みながら、朦朧とした意識の中で身動きが取れない様子で苦しんでいる。

 その姿を見て、髑髏竜は重厚な足音を立てながらゆっくりと近づいていく。


――まずい!早く助けないと!


 だが、恐怖が私の足を硬直させた。動こうとしても動けない。膝は震え、全身が冷たい汗に覆われる。まるで解体されるのを待つ家畜のように、私はただそこに立ち尽くしていた。


 髑髏竜はついに私の存在に気づき、赤い瞳をじっとこちらに向けた。


 その目は確かにあたしを蔑むように見ていた。あたしの震える様子を見下し、再びギンジに視線を戻すと、冷静な足取りで彼に歩み寄る。


――あたしは、弱虫だ。


 ドラゴン一匹すら倒せない。過去のトラウマも克服できない。仲間一人守ることすらできない。故郷を失い、母の仇すら取れない――。


 あたしは、ただのゴミだ。いや、魔獣にすらゴミ扱いされる、ゴミ以下の存在だ――——————————……は?


 胸の奥底で、何かが弾けた。


 あたしがゴミ以下?

 このあたしが?【不敗のレリィ】と呼ばれるあたしが?

 そんなはずがない。私が魔獣ごときに見下されるなんて――許せない!!


 【不敗のレリィ】としての誇りが怒りに変わり、心の奥底から沸き上がってきた。


「あたしはゴミなんかじゃない!

あたしは新星――【不敗のレリィ】だ!!!」


 あたしの叫びが、髑髏竜の不協和音に匹敵するほど空を裂いた。恐怖も、怒りも、気合も、悲しみも、すべてが混じり合った咆哮だった。


 剣に魔導力を込め、大地を蹴って髑髏竜に向かって突進する。しかし、この距離では間に合わない――!


 けれど、何もしないで終わるなんて絶対に嫌だ!!


 走りながら剣を振り、魔導力を込めた斬撃を飛ばした。不安定な精神状態で放ったせいで狙いも定まらないし、切れ味も期待できない。それでもいい、どこでもいい――ヤツのどこかに当たってくれ…!


 グサッ!


 何かが刺さる音がした。斬撃は髑髏竜の片目に突き刺さった槍に命中し、その槍をさらに深くへと押し込んだのだ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!」


 髑髏竜の絶叫が響き渡る。しかし、それは先ほどの不協和音とは違う――純粋な痛みによる悲鳴だった。


 髑髏竜は苦しみながらその場に崩れ落ちる。そして、よろよろと立ち上がったギンジが、その巨体にのしかかり、腕で首を締め上げた。


――やった!あとはとどめを刺すだけ!



「そのまま首を折って!!!」


 興奮して、大声で叫ぶあたし。しかし――。


 ギンジは髑髏竜を押さえつけたまま、こちらをじっと見つめ、叫んだ。


「レリィ!お前がやるべきだ!!!」


――え?


 突然の言葉に、私は理解が追いつかなかった。

 

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