第4話

王宮に滞在することが決まってしまったその日の夜。


僕のための歓迎の宴が開かれることになり、豪華な大広間に連れてこられた。


「……本当に逃げ場がない。」


ため息をつきながら、周囲を見回す。長いテーブルには豪華な料理が並び、華やかな衣装を纏った貴族たちが談笑している。僕が来た田舎の村とは、まるで別世界だった。


「レオン様、ご気分はいかがですか?」


隣に座る王女セシリアが微笑みながら尋ねる。


「ええっと……その、豪華ですね……。」


「ふふっ、王国の未来を担う方のためですもの。当然ですわ。」


いやいや、未来を担うとか勝手に決めないでほしいんだけど!? でも、今さら否定したところで、もう誰も信じてくれそうにない……。


さらに、周囲の視線を感じて身を縮める。どうやら、王女と僕が隣に座っていることが、貴族たちの間で大きな話題になっているようだった。


「王女殿下があそこまで心を開かれるとは……。」

「やはり、大賢者様は特別なのだな。」

「もし本当に婚約となれば、王国にとっても安定した未来が――」


(やめてくれぇぇぇ! そんな話、勝手に進めないでくれぇぇぇ!)


もう何を言っても誤解は加速するばかりだった。


そこへ、新たな人物が現れた。


「王女殿下、失礼いたします。」


澄んだ声とともに、大広間の扉が開き、黒髪の少女が静かに入ってきた。


「おや、遅かったではありませんか。イリス。」


セシリアが微笑む。


「申し訳ありません。研究室での作業が長引いてしまって。」


「相変わらずね。でも、せっかくの宴ですもの、少しくらい楽しんでいってくださいな。」


「ええ、そのつもりです。」


イリスと呼ばれた少女は、落ち着いた雰囲気を持っていた。王宮の貴族らしからぬ、実用的なローブを纏い、肩まで伸びた黒髪をさらりとかき上げる。その瞳は知的な光を宿しており、何かを見定めるように僕を見つめていた。


「……あなたがレオン様ですね?」


「え? あ、はい。一応……。」


「一応、とは?」


イリスはわずかに微笑みながら首を傾げる。


「いや、その……僕、本当に何の力もない普通の村人なので……。」


「……なるほど。」


イリスは小さく頷いたあと、すっと僕の手を取った。


「えっ?」


「失礼、少しだけ確かめさせてください。」


そう言うと、彼女は僕の手の甲を指先でなぞるように触れた。


(な、なんだこれ……?)


途端に、微かな温かさが走る。それは魔力……のようなものだろうか? しかし、僕自身は何の魔法も使えないし、特別な力を持っているはずもない。


「……やはり、興味深い。」


イリスは小さくつぶやくと、そっと僕の手を離した。


「ど、どういうこと?」


「いえ、まだ確証はありませんが……。」


彼女は意味ありげに僕を見つめる。


「……あなたのこと、もう少し研究させてもらえませんか?」


「いやいやいや、研究って何!? 僕、実験材料みたいに扱われるの!?」


「ふふ、そんなに怯えないでください。害を加えるつもりはありません。」


イリスは静かに微笑んだが、その瞳は好奇心で輝いていた。


(なんか、また厄介なことになりそうな予感がする……!)


こうして、僕はまた一人、新たな人物に目をつけられてしまったのだった。


――そして、それがさらなる誤解と混乱の始まりになるとは、このときの僕はまだ知らない……。



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