第2話
紅葉も終わりを迎えた頃、親の転勤が決まった。場所は東京、今住んでいる場所からずっと離れた地域。小学校入学と同時に私はこの住み慣れた居心地のいい空間を去ることになった。真希とあまねちゃんは泣いてくれた。離れていてもずっと友達だよ、お手紙書くね、そう言ってくれた。年長にもなると字を書ける子も増えてくる。私はその中でも覚えの速い方である程度のひらがなをマスターしていた。真希やあまねちゃんに手紙を書くと
「れいらちゃんの書くお手紙すごく読みやすいの!」
「れいらちゃんがのお手紙、優しくて好き」
なんて言ってもらえた。私は字になると雄弁ならしく、手紙は常にぎっしりである。口で伝えられない思いを手紙にのせて、今日の真希の話の感想、あまねちゃんの髪型がかわいらしいということ、たくさん書いた。
卒園式の日、家でたくさん練習した「大好きだよ」の言葉を一言告げただけで真希とあまねちゃんは涙を流した
「私も!れいらちゃん大好き!!」
「れいらちゃん行っちゃやだ!!」
2人に抱き締められた私は静かに涙を流した。泣きすぎて次の日熱を出した。
小学校に入学した。周りは知らない子しかいなくて、しかも都会だけあって人数もとんでもなく多い。絶対無理だと思った。緊張で心臓は飛び出しそうなくらい動いているのを感じた。クラスでの自己紹介の番になった。
「……ぁ………ぁ……」
「…」
教室の沈黙が痛い。視線が刺さる、怖い、辛い。喋らないと、名前を言うだけ、呼吸に合わせて喉を震わせ、口を動かすだけ。なのに私の口は動かないし、呼吸は思い通りにいかなかった。
「れいらさん?」
「………ぁ」
その瞬間
「ねえはやく!!」
もう無理だった。私は涙が止まらなくなってしまった。うまく呼吸ができない、以後ことが悪い、助けて、真希、あまねちゃん。そう本気で願ったことを今でも覚えている。
「れいらさん?大丈夫?」
そのまま私は座り込んでしまい、先生に保健室に連れていかれた。次の日学校に行くと、ある程度のコミュニティが出来上がっていて、私の入る隙は無かった。ひとりぼっちに逆戻りだ。また私は、一人本を読み、まるで教室にいないかのように、教室の用具みたいにそこにあるだけのような存在になっていった。
小学生とは時に残酷である。これは音読の授業の時だった。自分の順番が来る、そう考えて読めなかったら、声が出なかったらどうしよう。なんて手に汗をにぎりながらドキドキしていると自分の番がやってきた。
「……っ」
声が出ない、まるで声の出し方を忘れてしまったかのように、喉がいうことをきかない。
「……れいらさん?」
「………っ」
「また?早く読んでよれいらちゃん」
「………っ」
私だって早く読みたいのに、読めるのに、声だけがでない。
「はーやーく!はーやーく!」
周りの子どもたちの声が大きくなっていく
「みなさん!しずかにしてください!!」
先生の声が聞こえる、それでもなお大きくなっていく子どもたちの声。
「…れいらさん、座って大丈夫。次の人に読んでもらおうね」
先生は私をせめなかった。救いなのか、あきれなのかは私には分からなかった。でもこれだけは分かる。私はもう、この教室で声を出すことはできない。
家でも喋るタイプではなかったけど、ただいま、いただきます。が言えないなんてことはなかった。何も挨拶しない私に疑問を抱いた両親から質問が来る。
家では聞かれたことはちゃんと答えられたのにそれすらできなくなった私に危機感を抱いた両親は、風邪を疑い私を耳鼻科に連れて行った。異常はなかった。
「麗羅ちゃん、どうしたの?」
母は優しく私に質問した。でも、母親に対しても声がでなかった。私はそこら辺にあったノートに『おしゃべりできない』と書いた。次の日、母と訪ねたのは精神科。心因性失声症だった。病院の先生は私に優しく
「ゆっくり治していこうね」
とだけ告げ、母に対し何か難しい言葉を使って説明していた。母が何を考えているのか、私には分からなかった。病院から帰る時、母は私に対し
「学校で何か嫌なことがあった?」
と聞いてきた。嫌なことがあったかは分からない。そもそも自己紹介の時点で嫌だったなんて説明するのは難しい。面倒になった私は首を横に振った。だって友達ができないのは私が自己紹介できなかったから、音読ができないから、みんなに迷惑をかけているから。
「…そっか」
次の日から私は別の教室に移動することになった。特別支援学級、というらしい。周りの子たちや先生は私に喋ることを強制してこない、居心地は悪くなかった。でも、周りの子たちは私が伝えたいことを理解してくれない、居心地がとてもいいわけでもなかった。
ことばの靴 @reirei_ask
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