ことばの靴

@reirei_ask

第1話

私は内気だ。小さな頃から公園でお友達を作るのが苦手で、それよりは家で本を読んでいる方が何倍も楽しかった。保育園に通い始めても性格は変わらない。

「れいらちゃん、お姫様ごっこしよ!」

「…ぁ、ぅ………」

「…れいらちゃん?」

「……ぇと……」

「あ!ゆみちゃん!!」

「…あ………」

うん、の一言すら言えなかった。みんなが元気に砂場や遊具、粘土で遊んでいるのを横目に、私はひとり本を読む少女になった。周りの園児たちは最初は誘ってくれたけど、もどもどしてろくに返事もしない女に愛想尽かして、だんどん声をかけなくなっていった。

そんなある日、保育園で読み聞かせしてもらった一冊の本に私は心を奪われた。題名は『シンデレラ』継母や義姉にいじめられるシンデレラ、魔法使いのお陰で舞踏会で王子様に出会い、靴を落とすものの最終的には王子様に見つけてもらえる。なんて素敵な物語なのだろう、私は周りの声も気にならないくらい先生の読み聞かせに耳を傾けた。私もいつか素敵な王子様に迎えにきてもらいたい。私もプリンセスになりたい、頭の中は自分がドレスを着て王子様と踊る姿でいっぱいになった。その日のお昼寝は王子様が私にガラスの靴を履かせてくれる夢だった。

夏が終わり始めた頃、お遊戯会の時期、演劇の題目は『シンデレラ』だった。私はシンデレラになりたかった…なれなかった。内気な私はシンデレラになりたい、なんて言えないし、「やりたいひとー!」の先生の声掛けに手を挙げることすらできなかった。結局私は馬車を引く馬の役だった。セリフもない、結ばれることもない、目立たない役だった。

話しかけてくれるのは先生だけ、そんな日常にも慣れたある日、一人の女の子が新たにクラスに加わった。真希。おしゃべりで明るい女の子。いろいろな園児に質問攻めにされても、それに返すことができる圧倒的会話力。運動もできてかけっこも早かった、私には縁がなさそうな女の子。真希やその他園児たちが安定で走り回っているのを横目に木陰でぼーっとしていると、真希はやってきた。

「ねえ、ずっとそこにいたらつまんないよ!私と走ろうよ!」

「……ぇ、あ…」

「もしかしてお外で遊ぶの疲れちゃった?」

私は言葉が出ない代わりに首を横に振った

「もしかしてお腹痛いの?」

「………」

「あ!ありさん見つけた!!」

真希は、何も言わない私の隣に座ると草をいじり、蟻探しを始めた。

「ねえ!れいらちゃんもありさん探そ!」

「……このありさん、おおきいよ」

私が園で返事や挨拶以外の初めて発した言葉だった。そこから少しずつ、真希とだけ話せるようになっていった。真希は人気者で、私ばかりに構っていられないので、1日で話せるのはせいぜい5分程度だったが、私はその5分が生きがいになっていた。

「…まきちゃん。おはよ」

「れいらちゃん!おはよ!今日もかわいいね!」

「まきちゃん……今日、一緒にお花摘みしない?」

「楽しそう!お花の冠作ろうね!!」

「まきちゃーーん!!」

「あ!なのちゃん!!」

友達が多い真希は予約しておかないとすぐに遊べなくなってしまう。でも毎日予約できるほど、私は口が動かないから、せいぜい一週間に一回誘えればラッキーである。しかし、真希を通じて私は園で友達ができた。

真希とお花摘みしている最中に仲良くなったあまねちゃん。おっとりしたいい子で、私が上手に喋れなくても、喋れるまで待ってくれるいい子だ。

「…おはな」

「きれいだねえ」

「うん…」

「あまねちゃん!れいらちゃん!見て!てんとう虫!!」

「うわあすごいね真希ちゃん!」

私は凄いことを体で表現するように首を縦に振った。この二人と一緒にいて気が付いたことがある。二人は言葉ではなく態度で表しても分かってくれるということだ。私は相変わらず口下手で言葉を上手に話せない。でも、首を必死に動かしたり、手をつないだり、頑張って笑顔を作るだけで分かってくれる。幼児なのに素晴らしい2人なのだ。

「れいらちゃんも触ってみる?」

私はちょっと後ずさって首を横に振る

「れいらちゃん、虫さん苦手?」

「…ぅん」

「じゃあ代わりにあまねがてんとう虫さんと仲良くなるね」

そう言ってあまねちゃんと真希の世界が始まる。二人のやりとりを見ている時間も実は心地よくて、話したくないわけじゃないけど、一緒の空間にいる、それだけで私は心が踊った。真希は私が上手に話せない分、いっぱい喋ってくれる。真希は年齢の割に話し上手で、真希の話はいつもおもしろい。お兄ちゃんと喧嘩した。かけっこで一番になった。お昼ごはんのオムレツが苦手で美味しくなかった。そんな他愛もない話を続けてくれる。あまねちゃんは真希ほどおしゃべりじゃないけど、私の反応を見て話をしたり、お互い無言でも心地いい空間を作ってくれる優しい子。そんな二人に囲まれながら生活をしていると、いつの間にか少しずつ喋れるようになり、園の他の子どもとも交友関係を築けるようになった。いつも一人で読んでいた『シンデレラ』は、もう読まなくなっていた。

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