アッシーの三題噺
アッシー
『菜っ葉、兵隊、台所』
ジャングルの中にある蹂躙され尽くした農村。
その一角でかろうじて残っていたボロボロの古民家の台所で、3人の兵隊が壁や椅子に寄りかかっていた。
深緑色のギリースーツには所々に血が滲み、握りしめた銃剣は床に転がる錆びた包丁よりも刃こぼれしていた。
「へへっ・・・皆ボロボロじゃねぇか。」
「でもあの猛攻を僕たちだけ生き延びたんですよ。幸運だと思いましょう」
「幸運ね・・・」
呟いた兵隊が窓を見やると、空では敵軍の航空機がいくつも旋回していた。
すでに他の小隊も半壊か玉砕が確認されている。3人が見つかるのも時間の問題だろう。
はぁ・・・とため息を付いた途端、兵隊の腹がグ~っと鳴った。
釣られるように他の2人の腹も音を立てる。
3人の最後の食事は敵襲前に部隊で平等に分け合った乾パン1/8切れ。胃袋はとっくのとうに限界だった。
「あれが最後の晩餐だったってことかぁ。もっといいもん食いたかったなぁ。」
「縁起の悪い事言わないでくださいよ。本土に戻って、白米たらふく食うんじゃ無かったんですか?」
「でもよぉ。外の畑は略奪されて毛虫一匹残っちゃいねぇ。森を探そうったってこの傷で動き回ったら出血多量でお陀仏だ。このままくたばるしかねぇよ。」
「・・・白米とは言わないが、食えるもんならあるぞ。」
『えっ』
驚く2人の視線を受けて、兵隊はニヤリと笑いながら背嚢に手を入れた。
出てきたのは1玉のキャベツ。
ギリースーツのくすんだ緑とは異なる、新鮮な青さの菜っ葉が茂っていた。
「おいおい!どうしたんだぁそれぇ!」
「へへっ。倒した敵兵から咄嗟に奪ったのよ。隊全員だと1かじりにしかならんが、3人なら葉1枚以上は食べれるぜ。」
「ありがてぇ。野菜なんて久方ぶりに口にするぜぇ。早速1枚、」
「待ってください!」
制止した兵隊は口に入りかけていた菜っ葉をスッと奪う。
ムッとした戦友に釈明するように、兵隊は言葉を続けた。
「前に聞いた事があります。敵国はこういうゲリラ戦の為に、人体に有害な偽野菜を栽培しているって。」
「偽野菜ぃ?どっからどうみても普通のキャベツだぜ。」
「それが罠なんです。考えて見てください。本国から何万キロも離れたこのジャングルに、新鮮な野菜が届けられると思いますか?」
「確かに・・・奪って時間も経ってるのに、まだこんな青いのもおかしい。」
3人は疑惑の目をキャベツに向ける。
神仏のように輝いて見えた菜っ葉も、今やおぞましく蠢く悪鬼の様に映っていた。
「でもよう。本物だったら大損だぜ。匂いも特に変じゃねぇしよぉ。」
「匂いじゃ駄目ですよ。見分けられない。」
「『じゃ』?ってことはお前、何か見分け方を知ってるのか?」
「ああ。でも、本当かどうか・・・」
「いや、少しでも安全だって確証が得られるならやるべきだ。」
「そうともよ。いっちょ試してくれねぇか。」
「・・・分かりました。ダメもとでやってみます。」
そう言うと兵隊は余力を振り絞ってグッと立ち上がり、床に落ちていた錆びた包丁を手に取った。
まな板の上にキャベツを左手で押さえつけ、右手に持った包丁を勢いよく振り下ろす。
割って中身を確かめるのか、と思った兵隊たちの予想に反し、包丁はキャベツのぎりぎりを掠めてまな板に打ち付けられていた。
「ふふっ。まだ逝っちゃダメですよ?もっとも~っと我慢して、最後にびゅ~っって悪い毒ナイナイしようね・・・」
『いやいやいや、え?何してる?』
キャベツに唇が触れるかの所まで近づいて囁く仲間に、思わず兵隊たちは立ち上がってツッコんだ。
「おめぇ、ふざけてるのか?なぁに野菜に向かってゴニョゴニョしてんだ?」
「これが見分け方なんです。温室育ちで外敵から守られた野菜には強い刺激が効果的らしく、焦らせば焦らすほど多くの毒を排出してくれるらしいんですよ。」
「それは良いが、なぜ言葉で?包丁も、目が付いてないんだから実際切らなきゃ意味無いだろう。」
「僕もにわかに信じがたいですが、このキャベツ、視覚と聴覚を備えているらしいんです。それで敵味方を判別して、敵にだけ毒素を出すとか。」
「まじか!?それじゃ俺たちが味方だと思わせりゃいいんじゃねぇか?」
「無理ですよ。奪ったところを見られてる。毒素を出させるには脅すしか無いんです。」
「なるほど・・・。どうせ他に食べる物は無い。試せるなら、やるしかないだろう。」
「はぁ。2人がその気なら、俺もやるしかねぇか・・・。」
3人はキャベツにギリギリまで顔を近づける。
そして兵隊が再び包丁を振り下ろしたと同時に、3方から一斉にキャベツを責め立てた。
ドンッ!!
「ほらほら、もうすぐそこまで(包丁が)来ちゃってますよ。」
「楽に逝けると思うなよ。ギリギリまで焦らしてから、(嚙み砕いて)ぐちゃぐちゃにしてやる。」
「我慢はよくねぇぜぇ?誰も責めやしないからよぉ。もう楽になっちまえよ。」
ドンッ!!
「おや、限界ですか?今にも(毒素)出そうなのが手の震えからバレバレですよ?」
「全身真っ青にしやがって。もうどうにかなりそうなんだろ?オラ、早く(毒素)出せよ。」
「怖いよなぁ。辛かったよなぁ。大丈夫。俺がそばにいるからよ。安心して(毒素)出しなぁ。」
ドンッ!!
「・・・これ本当に効果あんのかぁ?」
「シッ!疑問を持ってはダメです!演技だとバレる!・・・ほ~ら、もう逝け♡出しちゃえ♡」
「はよ出さんかいゴラァ!」
「う~ん、怖いねぇ。毒出すのまだかな。」
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!‥‥
次の日。兵隊が2人、昨日古民家で捕まった3人の敵兵について話していた。
「焼け残った家から変な声がするからよ。見に行ったらキャベツ囲んで尋問してやがったんだ。まぁこの圧倒的な戦況じゃ、狂うのも仕方ないか。」
「あぁ、それなら俺の計画通りだな。偽野菜の噂をスパイ通じて広めておいたのよ。」
「なるほどなぁ。でもあいつら、あとちょっとで見分けられたとかうんぬん抜かしてたらしいぜ?」
「見分け方?そんな話は流してないぜ。」
「あ、そう。まあどっかで尾ひれが付いたんだろ。所詮、根も葉もない噂だからな。」
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