第3話

「かったるいなあ」

「ライカくん、過去に戻ったら元の世界に帰れたりしなかったかい?」

「時間跳躍は試しましたが、召喚された直後までしか戻れませんでした。時間切れにならないうちに「死に戻り」も試しましたが同じでしたのですぐ現在まで飛びました」



つまりぼくの幼馴染は過去(過去?)知らないうちに突然自殺したのだ。考えてみると恐ろしい。



「あの、夜のうちに魔物がどんなものか見てみませんか?」

「あの性悪女神にバレない?」

「バレる結果をボクが拒否するよ。でも足がないと不便だろう」

「車、造る──造ります」

「流石いのりたん、どら〇もんみたいだね」

「先輩。イノリにほぼ全種類の乗り物の知識を送信してインストールしてあげたのは私なんですけどー」

「へへへーカナタきゅんも偉いぞーすごいぞー」



そう言って彼方の黒髪をわしゃわしゃ撫でる否引先輩。


「百合……」


思わずつぶやくと来夏にジロリと睨まれた。


ザナティア王国の城は国の正門の反対、奥に位置している。国の周りは高い防壁で囲まれているが、城を中央に置かず奥に建造したのは壁の向こう側に強力な魔物が多数生息する山があり、防衛上よいからだそうだ。彼方が得意げに解説した。女神から盗んだ知識だろ、と突っ込みたくなったが彼女がその気になれば僕の男の子としての大切な秘密を世界中にばらまかれるのでやめておいた。



夢遊権限スキゾイド・オーダー


僕は自分と他の皆を宙に浮かせて高い壁を越えた。

地面に降り立つと来夏があきれまじりに言った。



「あんた、なんでもありねほんっと。私たち要らないんじゃない?」

「どうかな。視覚的に理解できる魔法なら同じ現象起こせるけど、ヒビキ先輩やカナタみたいなわけわかんないのは再現できないし……創造してもイノリほどの信頼性は保証できない。集中力切れたら終わり。複雑な構造物は頭パンクする。お前のは無理。時間操作なんてイメージもわかない。万能なのはやっぱりヒビキ先輩だよ」

「ふーんそんなもんなの」

「出来ましたよー」



遠くでイノリが「創造」を終わらせたようだ。見に行くと──


「せ、戦車……?」

「イノリくん?戦争に行くんじゃないんだよ?」

否引先輩も引いている。

「だ、だって、整備されてない山だから木をなぎ倒していかないと……」

「戦車ってそういう為のものなのかい?」

「魔物も轢き殺しながら行くの?」

「そういうカナタはなんで戦車の構造なんて送信してんだよ」

「異能学園じゃ戦車くらいでも不意打ちにはなるもの」

「まあ、作り直すのもなんだし、これで行っちゃおう。大丈夫!ボクを、というか「零文芝居はっぴーえんど・なんせんす」を信じなさい!」



そんなわけで、僕たちの異世界初めての冒険は、「戦車」で走ることになってしまった。



戦車なので、外が見えない。がたんがたんぐしゃんぐしゃんうるさい。僕は正直テンションダダ下がりだった。

スコープカメラは異能の特性上、彼方が独占していた。


「あれ、道があります。」

「なんでだろ?」

「ちょっと待ってね……ああ、大型の魔物がいつも通るんだ。獣道みたいなものですね」

「その道入ろう。デカ魔物探そう」

「先輩、探す必要はなさそうですよ。女神にはバレなくても騒音で魔物がめっちゃ来てます」

「強いの?」

「ハウンドウルフ九匹、キリングベア五匹、ギガントオーク一匹。女神の知識によるとギガントオークの討伐推奨レベルは50です。私たちは当然レベル1です」

「まままま、異能がこの世界に通用するか試すいい機会じゃない。」

「あ、英雄王の剣いります?さっきついでに5本造っといたんですけど」

ハッチを開けて、勇み足で出陣しようとした否引先輩を祈がとんでもない台詞で呼び止めた。

「……伝説の剣のロマンとか言いたいことはいっぱいあるけど、あれスキルだろう?物質化できるのかい?」


否引先輩が僕の疑問を代弁する。


「物質でした。もともとはスキルじゃなかったんだと思います。あのスキルは失われてしまった聖剣を生み出すスキルなんじゃないでしょうか。「この」世界にある物質で造られているなら、「八日目の仕事アペンド・クリエイター」に再現出来ないものはありません!みたいです!」

「異能を試す機会だからさ、それはあの女神がくれた箱にしまっときな。隠しときな。絶対に見つからないようにしな」

「わかりました……」



僕がそう言うと、祈は人形みたいに可愛い顔に少しだけ残念そうな表情を浮かべ、「アイテムボックス」と呼ばれる両手サイズの箱にぽいぽいしまい出した。「アイテムボックス」は女神が一人一人に配ったもので、想像通り四次元にものをしまうポケットのような魔道具だった。



順番に戦車から降りていくと、最後に祈が降りる前に狼の魔物が一斉に否引先輩に噛みついた。


「ボクを噛みちぎる「結果」は拒否するよ。代わりに君たちの牙が良い感じに折れて勢い余っておっきい破片が脳髄に刺さる「結果」をプレゼントだ。それ以外の結果は「拒否」、「拒否」」


ハウンドウルフは一匹残らず口から血が噴き出し、痙攣して、死んだ。

こんな屁理屈が、こんな不条理が、こんな無理が通るのが。

零文芝居はっぴーえんど・なんせんす

望まない結果を拒否し、望む結果以外の全てを拒否する。ご都合主義が裸足で逃げ出す強引なハッピーエンド。こんなの、芝居の脚本なら一文の価値もない。ナンセンス以外の何物でもない。


僕はキリングベアをやるか。


夢遊権限スキゾイド・オーダー


とある熊は突如現れた鉄パイプでハリネズミみたいになって、べつの熊は上半身が爆発し、隣の熊は雷のような電流で黒焦げだ。あ、四匹目は祈がアハトアハトで吹っ飛ばした。


(もう一匹──)


と思ったところでもう死んでいた。


僕は彼方が生き物を異能で殺すところを初めて見た。

どう見ても戦闘用とは思えない異能という認識だったのだ。


「脳の構造が分かったので、こいつに呼吸や心臓、生命活動を止める電気信号を流す情報を無理矢理流し込んだら、やっぱり死にましたね。サリンなどの神経毒と機序は似たようなものです。自我とか意識とか、そういったものに干渉する能力って本当は怖いんですよ?情報は形而上の物ですから、狂わせるのも殺すのも楽勝です。まあ、「情報」を操れるから出来る芸当で、ESPごときじゃ出来ない技ですが」


そして一番厄介と思われた、ギガントオークを倒したのは僕でも祈でも先輩でもなく、来夏だった。

万物流転、諸行無常。それがこの世界でも同じなら、来夏の異能は僕等の中で一番戦闘向きだ。


「さーて、あんたは何日生きるかな?」


まず、その醜い巨体は老人のようによろめいた。緑の肌から水分が失われていき、目が血走る。やがて動かなくなり、その身体は九相図がごとく腐り落ち、枯れはて、砂の様に崩れ去って、そのあとには死体も残らなかった。

この間十秒足らずだった。


「凄い!飲まず食わずで三ケ月生きてましたよ!私怖くなって、このデカブツにかけた「時間加速」、千倍まで上げちゃいました」


と、いうわけで、僕等の異能は強力な魔物も鎧袖一触できるわけだ。


「なんだか、訓練のモチベがさらにさがちゃったなあ、ボク」

「仕方ないですよ先輩。勇者様をやらないと、追放モノにジャンルチェンジです。ネット小説とか読まないんですか?」

「あの、わたし……みなさんに私たちのことを隠さなくてもいいのではと……」

「隠すべきだよイノリくん。伝説の聖剣を量産できます。ていうかそんなのいらないくらい強いです、なんてバレたら、その日のうちに魔王軍本部に派遣されちゃうぞ。魔王候補はちょっと未知数だ。仮に魔王を倒せるとしてもだよ。もう少しこの世界で貴族気分に浸って酒や煙草をたしなみ優雅に暮らしてもいい。向こうにもどっても私たちは毎日異能バトルに明け暮れるただの高校生だからな」


《レベルアップ》

「!?」

《レベルアップ》

《レベルアップ》

《レベルアップ》

《レベルアップ》



「す、ステータスオープン」


最初に現実を直視したのは僕だった。


《ウツシロオトギ LV23》

他にもごちゃごちゃ書かれてたが読まずに閉じた。

みんなステータス画面を見ている。表情は全員同じだ。


(やっちまった……)


「……これは隠せないか?カナタ」

「無理」

「誤情報を──」

「あんた私に24時間能力使えって?眠らずに?」

「先輩」

「うーん、結末シナリオが思いつかない」

「……」

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