この世界の誰もが
惟月
第1話 透明な男 1
・・・何となく、その男が気になったのは
ウチの爺さんの晩年の頃に似ていたからだ。
ヨレヨレでいつ着替えたのかもわからない、薄汚れた服。おそらくずっと風呂にも入っていないような身なり。
もしかするとホームレスかもしれないけれど、これは違うなと思った。
俺の爺さんは死ぬ5年前に認知症になり、身の回りのことはなんにも構わなくなって
最終的には、ちょうどこの男のような風貌だった。こんな状態になってからようやく親達が介護施設に入れたけど、そこからまもなく死んでしまった。
そんな事を思い出しながら
俺はこの男に事情を聞いていた。
「えーと、じゃあまた順番に聞いていきますよ?
奥さんが倒れていたのを発見したのは3日前の15日で間違いない?」
「ああ、うん。さっきまで寝ててねぇ、今起きたばかりなんですよ。昨日は
あぁ、やっぱりまともに話が出来ないな。
富塚さんがまた面倒くさがるんだろうなー
俺は嫌味のようにため息をついた。
ーー今朝、逮捕されたこの男。
容疑は『死体遺棄』
同居する妻らしき女性が自宅で倒れて亡くなっていたのを発見したのにもかかわらず
すぐに通報せず、放置した疑いだったが、これは・・・やっぱり認知症かな。
明らかこんなの不起訴になるんだろうなって思うけど、そうは言っても逮捕した以上は取り調べして調書は作らないとだ。
もしかするとなんか後でなんか事件でしたって事になると世間様から「税金泥棒」って怒られるとかって事も。
でもさ、『こんな事件持ってくるんじゃねー!』って富塚さんにも言われそうだ…
チラリと横目で爺さんの顔を見ると、彼は愛想良くニコニコと笑っていた。
認知症だとしても、穏やかな爺さんみたいだ。それは助かったな。
しばらく雑談も交えて、色んな話題を振ったりしてどうにか情報を引き出そうと思ったけど(これはかなり大変かも)と思った。聞きたい事のどれ一つも聞き出せててない。
「結城さん、そろそろ時間が」
後輩の山田が声を掛けてくれた。腕時計を見るといつの間にか15時を過ぎていた。
「ああ、そっか。爺さん疲れたよね。今日はもう終わり。ゆっくり休んで」
「あぁ…はい、ご苦労様です」
爺さんは質問には丁寧に答えてくれた。質問と答えはなかなか合うことはなくって、知りたい事を引き出すには時間がかかりそうだ。それに自分がどこに居るのかは理解していないようだ。デイサービスにでもいると思ってるのかな?思わずため息が出る。
取調べ室を出て爺さんを預けると自分のデスクに戻る。ちょっと遅くなったお昼を食べようと置いてあったカバンを手に持ったところで、富塚さんがダルそうな顔をしながら帰ってきた。ちょうど俺と目が合うと
「なに、結城はまたママ弁当なの?」
そう言うと富塚さんはニヤリと嫌味に笑った。
あー、またこのネタでいじられるんだ、俺は。いいじゃないか。わざわざ母ちゃんが作ってくれるんだもの。面倒なので、最近はスルーする事を覚えた。どう返してもつまらない弄り方されるだけだから。
「富塚さんの方は解剖結果出たんですか?」
「ん?あぁ。お昼だってのに仕事の話とか、お前は真面目か」
「いや〜まぁ、そうっすね」
富塚さんは家で倒れて亡くなっていた爺さんの妻らしき女性の解剖結果を聞きに行って帰ってきた所だった。
話題をそっちに持っていくのが一番面倒がないって事を、つい最近俺は学習した。そもそも、俺真面目だし。
つまんねぇなコイツと言いたげな顔で富塚さんが答える。
「今のところ、病死だな」
彼も自分の鞄の中から愛妻弁当を取り出し一緒に休憩室に向かった。この人、一緒に弁当食う気だな。他の人に愛妻弁当イジられるから。(だから俺は八つ当たり的に母ちゃん弁当をイジられるっていう構図)
それはそうと、弁当食ってる間は他の話題も見つからないので、とりあえず世間話的に状況を伺う。
「その女性ってなんの病気だったんです?」
「恐らく大腸ガンだろうって」
「治療しながら爺さんの介護してたら自分が先に死んでしまったってトコですかね?」
「いやー、どうだかな」
「え?」
「病院とかは行ってなかったようなんだよな。まぁ、それも含めてちょっと『ワケアリ』そうだぞ?」
「えぇー?何すか、面倒な感じですか」
認知症(疑い)の爺さんに
ちょっとワケアリな妻らしき女(婆ちゃんなんだけどさ)?
「あの爺さんの名前とか聞けたか?」
「いやー、なかなか大変で。会話が成立しないもんだから」
「そうか」
「じゃあ、もう一度探しに行くか」
「探すって、どこですか?」
「家だよ。あの婆ちゃんの身元がわかるもの。そんで、あの爺さんの身元やら身内がいるのかどうかも」
「…身元が確認できないんすか」
「ホームレスじゃないし、家に住んでたんだから探せば何か出てくるだろ。そんなに大変なことでもないと思うぞ」
「…」
なんか
ちょっと嫌な予感がした。これは大変かもしれない。富塚さんは、ああ言ってるけど
もしかすると住所からは身元らしき情報が出てこなかったんじゃないかな。
今のところ婆ちゃんは名前すらわからない。
治療した形跡がないので病院を回ってもすぐには見つからない。
あの年齢の夫婦が住んでた家なんだし何もないって事はないと思うんだけど・・・
今の時点で2人の身元が一切わからないって何か変だなって、漠然と違和感とか面倒さを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます