消えた骨

小烏 つむぎ

夫の消えた骨

 それは今を遡ること、えーと、おおよそ五年か四年ほど前のことです。


 夫は故郷にUターンして地域の集まりに出るようになっていました。その日は地区の集まりで集会所に行っていたようです。会が終わって使った長机を畳んでいる時に事件は起こりました。


 長机の脚はバネ式で気をつけないと手を挟まれてしまします。夫も気をつけていたようですが、何かの拍子に左手の指を挟んでしまったのでした。


 指はみるみる紫色になり腫れて痛かったそうです。詰めただけだと虚勢を張った夫でしたが、周りの人の勧めもあって翌日病院に行くことにしたのだそうです。


 当時近くには整形外科はなく(今は隣のМ町に開業)、川をさかのぼったところにあるこれまた隣のD町にある市民病院まで行かなくてはいけません。その時小烏はまだ移住しておらず、義母は免許返納していて運転出来ません。


 傷めた指(左手の人差し指)は切り傷もあったのでカットバンを貼り、夫は自力で運転して病院の受付に走りました。


 今もそうですが、お年寄りというヤ……げふんげふん。お年寄りの皆様は朝が早い。受付開始時間にはすでに待合の椅子は満員だったと夫は回想するたびに申します。

 

 確かに義母も通院するときは予約時少なくとも30分前には到着したいようです。そしてただひたすら待ち時間が長いことにいら立つのです。


 予約のない医院に行くときは玄関が開く時にはお年寄りの長蛇の列が出来ています。だから朝一番の混みようはなかなかのものです。



 話がズレましたね。よいしょと元に戻りましょう。


 覚えていますか? 我が夫が机で指を詰めて市民病院の整形外科までやってきたところです。



 整形外科の待合で待って、待って、ひと眠りした後にやっと名前を呼ばれて診察です。先生は自分より若かったと夫は申します。(夫よ。自分の年齢を鑑みるに大抵のお医者さんは自分より若いと思うんですよ)


 その若い先生は夫の紫色に腫れあがった指に触り、夫が状況説明をしつつ顔をしかめたのを見て「レントゲン、撮りましょう」と今後の道筋を示されたそうです。


 夫は看護師さんのアドバイスで、渡されたファイルを胸に廊下の黄色の矢印(検査、レントゲン)をたどりながら、旧館の検査ブースへと移動するのでありました。レントゲンを撮ってもらったあとは、また矢印を逆にたどって新館に戻ります。

(見てきたように書いていますが、義母の骨折で付き添いをしたとき何度も同じコースを辿ったのです)


 さて、また先生に呼ばれて診察室に入室した夫は、PCの画面に映る我が手のひらと対面したのでした。先生いわく腫れた人差し指を(第二関節あたり)を示しながら

「ここ。ここ、わかりますか? ヒビが入っていますね」

とのこと。


 よくよく見ると、先生の指差す先には確かに影があったとのこと。もしかして折れているのではないかと心配した夫ですが、ヒビかと胸をなでおろしたそうです。結局テープによる固定で治るのを待つということになりました。


 テープを巻き終わった先生がもう一度レントゲンの画像に目をやって、

「え?あ~」と声をあげたそうです。


「小烏さん、こっちの指はなんともないですか?」


先生はそう言いつつ、夫の中指の爪の辺りを強く押したのだそうです。


「いえ、特に何も」

「では、こちらはどうすか?」

「いや、特に何も」


 先生は夫の中指の先を押し、薬指の先を同じように押しながら夫に尋ねました。夫は聞かれた指は長机で挟んではいないことを伝えると、先生は


「あのね、たまにあるんすが。ここ、骨がね。ほぼないんですよ」

と、衝撃的なことを言われました。


 先生の指す、レントゲンの夫の中指と薬指の一番上の骨(爪のあるあたり)にはちゃんと輪郭は写っていたそうです。でも確かに下の方の骨に比べると真っ白ではない。輪郭こそ白いものの、真ん中は黒っぽく半透明な感じだったそうです。


 もっと言えば、輪郭を残して消えかけているように見えたそうです。


 正直、意味わからんかった


 そう夫は回想します。つまり、かなり進んだ骨粗鬆症ってことのようです。そしてこの「ほぼ骨がない」状態の治療法はないそうで、知っただけという状況です。


「今まで特に不自由がないなら、大丈夫でしょう。爪もしっかりしているし」

という先生の言葉を胸に、夫は帰宅したのでした。


 しばらくこの「ほぼ骨がない」というのは夫の自慢(?)のネタとなって、あちこちでしゃべっていたようです。


 ほぼ骨のない夫の薬指と中指の先。こうなると何かにぶら下がった時の夫の安全は爪の存在に全てがかかっているような気がします。


 はい、それからですね。

出汁を取った後の煮干しを夫に食べさせるようになったのは。


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