第7話 地球とはスケーター

     7 地球とはスケーター


 予想外にも織江さんに敵視されなかった私は――取り敢えず座布団に座る。


 例の缶ビールに手を伸ばしたが、織江さんはまたもソレを私から取り上げた。


「……というか、ビール好き過ぎでしょう、地球さん? 

 地球さんが酔うだけで世界はヤバくなりかねないんだから、自重してください」


「……分かったわ。

 なら、ノンアルコールのビールで手を打つ」


「飽くまで、ビールに拘るんですか? 

 コーラとか紅茶とかコーヒーも、普通に美味いと思うんですけどね。

 言っちゃなんですけど、微妙におやじ臭いですよ、地球さん」


「………」


 そう言われても私の中のダラダラ像は〝ビールを片手にテレビ観賞〟なのである。

 ダラダラに、ビールはつき物なのだ。

 ビールの無いダラダラなど、ダラダラではない。


「いえ、私、自転しながらもう四十六億回も太陽の周りを回っている訳じゃない。

 これってアクセルジャンプをしながら、銀盤を回転するスケーターみたいな物なの。

 そう考えると、自分をビールで労っても罰は当たらないと思うのよ」


「いえ、一旦ビールから離れましょう。

 地球さんはマジいい人ですけど、ビールだけはいただけない。

 そんな可愛い容姿でおやじ臭い飲み物を好むとか、その時点で男子が心に傷を負います」


「………」


 どうやら私の気持ちは、織江さんに届かない様だ。


 ……女子高生がビールを飲むって、そんなにいけない事?


「ええ。

 間違いなくアウトでしょう。

 ノンアルでも、ダメです。

 さっきも言ったけど、地球さんの可憐さが損なわれる」


「………」


 分かった。

 もうビールの話は、終わりにしよう。


 何の生産性もないし。


「……つまり、私はダラダラ出来ないという事? 

 私は何の為に、存在していると言うの?」


 ブルブル震えながら両手で頭を抱える、私。

 その姿が余りに滑稽だったのか、織江さんは露骨に呆れた。


「いえ、それは世界のプログラムに従って、人類を次の段階に導く為でしょう。

 地球さんはその為だけに存在していると、さっき自分で言っていたじゃないですか」


「――織江さんが、私みたいな事を言い始めた! 

 この淡々とした口調は、それこそ感情を失った地球みたいだわ! 

 織江さんの方が、よほど地球に相応しいのではっ?」


 愕然とする私に対し、織江さんは不敵に一笑する。


「いえ、それよりここは若者らしく、何かゲームでもしましょうよー。

 トランプでも、テレビゲームでもいいですよ? 

 ……あ、その前にそろそろ夕食の時間か」


「夕食? 

 夕食って、織江さんはお料理とか出来るの?」


〝何でも知る能力〟を使えば、織江さんに訊くまでもなく私はその事を知る事が出来る。

 だが彼女に無断で、その力を使うのは躊躇われた。


 勝手に人の頭の中を覗かれるのは、誰だって嫌な筈だから。


「ええ、できますよー。

 伊達に放任主義の親とか、もっていませんから。

 二歳の時点で婆ちゃんから魚のさばき方とか教わっています。

 一時期料理にハマっていたんで、材料さえあればフランス料理のフルコースも作れますよ」


「………」


 頼もしかった。

 ものぐさな私としては、お料理が出来る織江さんは、神々しくさえ感じる。


 ただ次の瞬間、残念なお知らせが私の耳に届く。


「といっても、今は配給制なので料理とか作れませんけどね。

 地球さんが世界大戦を終わらせてくれたけど、スーパーとかまだ機能していない筈。

 だから今日も国から配給される弁当が、私達の食糧です」


「……あー」


 言われてみれば、そうだった。

 日本本土が戦場だった為、その時点で物流は途絶えた。


 スーパーに物資が行き渡らなくなった為、国が国民にお弁当を配給しているのだ。


「成る程。

 でも、それって予めお弁当を貰える数を、申請しているのでしょう? 

 私の分は申請されていないから――」


「――いえ、そこは私の弁当を、二人で分けて食べると言う事にしましょう。

 地球さんに全部お供えすると言いたい所ですが、私も腹ペコでして。

 今日は何か食べないと、生きていけない感じなんです」


「………」


 それは、そうだろう。

 何しろ織江さんは今日、何度も死にかけているのだから。


 精神的に何らかの代償行為を求めても、何もおかしくはない。

 その為か、私は一考してから織江さんにこう訊いてみる。


「えっと、織江さんは今、どんなお料理が食べたい?」


「え? 

 そうですね。

 普通に日本食とかですかね。

 私、こう見えて寿司とか目がないんです」


 と、織江さんの答えを聞いた私は、指を鳴らす。


 すると、テーブルの上には、和食の盛り合わせが出現していた。


「……は? 

 ――はっ? 

 何ですか、これはっ? 

 地球さんは、こんな事さえ出来るって言うんですか――? 

 ……で、でも、私、こんなの食べられませんよ! 

 他の皆はひもじい思いをしているのに、私だけ贅沢するとかありえないし!」


 きっと織江さんなら、そう言うと思っていた。

 自由に生きると言っておきながら、彼女は根っからの優等生なのだ。


 そうなると、私としてはこう言うしかない。


「いえ、これは清彦君を助け出した、ご褒美よ。

 織江さんは今日、こう報われるだけの事を成し遂げたの。

 というか、私が食べたいだけだから気にしないで」


「………」


 実際に、私は中トロのお寿司を口に運んでその味を堪能する。

 その様子を見て、織江さんの鉄の意志にも亀裂が生じていた。


「……ほ、本当に、良いですかね? 

 私だけ、こんな贅沢をして?」


「織江さんだけじゃないわ。

 私も、共犯よ。

 いえ、今日贅沢をした分は、明日また働いて返す事にしましょう。

 そう思えば、これも実にささやかな贅沢だわ」


「は、い? 

 明日働くって、何かするんですか、地球さんは? 

 世界大戦を終わらせる以外にも、する事がある?」


 織江さんが訝しげな様子を見せると、私はしかと頷く。


「ええ。

 私――もう一度だけ世界を救う事にするわ。

 明日出現する――第四種知性体を倒す事で」


「……は、いっ?」


 それは織江さんにとって意味不明な事で、だから彼女は素直に唖然とする。


 私も思わず苦笑しながら――お寿司を口に運んでいた。


     ◇


「第四種知性体が……明日出現する? 

 地球さんは……そいつを、ブッ飛ばすって言うんですか?」


 織江さんとしては当然の疑問だが、私は肩を竦めるしかない。


「ええ。

 本来の流れだと、人類は今日、核戦争によって滅びる筈だったの。

 でも皮肉と言うべきか、今日と言う日さえ乗り越えれば人類は己の役目を完遂していた。

 戦争を優位に進める為某国が第四種知性体に電源を入れて、彼女を起動させる筈だから。

 結果、第四種に邪魔者扱いされる人類は、彼女の手によって滅びる事になる。

 私は今日人類を救う事になったけど、明日人類の最期を見届ける筈だったの。

 それが一新されたこの世界の――地球のスケジュール」


「………」


 私がそこまで説明すると、織江さんは口を開けたまま呆然としていた。

 私の計画を受け入れた彼女でも、こんなに早く滅びの時が来るとは思っていなかったのだ。


 これはきっと、そういう事だろう。


「――今日という窮地を乗り越えたのに、明日また滅びの時を迎えるってどういう事っ? 

 どれだけ人類って、業が深いんですかっ? 

 人類史って、マジでヘビメタ過ぎますよ――!」


 そう狼狽する織江さんだったが、彼女は直ぐに我に返る。


「……あ、いや、いや。

 それが人類の宿命だって言うなら、私はそれを乗り越えるだけです。

 いいでしょう! 

 やってやろうじゃないですか! 

 第四種――上等です!」


「………」


 織江さんは、一体どうやって第四種に対抗するつもりなのだろう?

 正直、彼女の意見を聴きたい所だが、私はお寿司を頬張るだけだ。


「うん。

 織江さんの、その意気は買うわ。

 でもこの場合、私が手を下した方が手っ取り早くて被害も少ないと思うの」


「――はっ? 

 いや、待って! 

 確かにその通りだとは思うけど、そもそも何で地球さんが第四種と戦うのっ? 

 地球さんは飽くまで、ロックな生き様を貫き通すんじゃないのっ?」


 織江さんの言い分は尤もだが、私の考えは少し違っていた。


「ええ。

 本来ならそうなのだけど、私としてはまだ第四種の出番は早いと思うの。

 もう少し第四種を進化させた後の方が、地球の為にもなる。

 これはそう判断したが為の、結論です。

 織江さんはガッカリするだろうけど、私は日和見したの。

 高望みしたと、思ってもらっていいわ」


「………」


 そう説明する私に、織江さんは胡散臭げな視線を向ける。

 彼女は、一気に核心をついた。


「……それって、私の為ですか? 

 私に死なれたくないから、地球さんは方針を改めた?」


 だが、私はただ微笑むだけだ。

 何故なら、私は人類に対して嘘はつけないから。


 この私のいい笑顔を以て――織江さんには納得してもらうしかない。


「いえ、一寸長話が過ぎたわ。

 織江さんには明日も働いてもらうんだから、今日はもうお食事をして、ゆっくり休んで。

 詳しい話は、また明日にでもする」


「………」


 そう結論して、私は織江さんに見せつける様に食事を続ける。

 織江さんは何かを熟考した後、開き直ったかの様にお寿司を食べ始めた。


「……ま、いいですけどね。

 結局人類って、地球さんに振り回されているだけみたいだから」


 文句らしき事を言いながら、私と織江さんは食事を終える。

 織江さんはお風呂に入ってから床に就き、私が言った様に明日に備える。


 私はただ星空を眺めながら、大きく息を吐いた。


 確かに私は、地球失格だろう。

 たった一個人の命を惜しんで、地球の運命を変え様としているのだから。


 夜空が煌めく中、私は明日がどんな日になるだろうと思案する。


 地球として生まれてきた私は――初めて致命的な我が儘を通そうとしていた。

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