第6話 ザ・厨二病話Ⅱ

     6 ザ・厨二病話Ⅱ


「そう。

 全ては、世界によって仕組まれた事よ。

 少し話は変わるけど、織江さんは恐竜の繁栄をどう思う?」


「……あの、それは本当に訳が分からない質問なんですけど、どういう事?」


「ええ。

 恐竜が何億年も栄えたのは、その遺体を将来人間が化石燃料として使う為。

 今でも化石燃料に依存している人類は、恐竜の繁栄無しでは今の文明は築けなかった。

 だからこそ恐竜は何億年も存在していたし、あっさりと滅びたの。

 それも全ては、次の段階に進む為。

 現に恐竜の絶滅を機に哺乳類が台頭し始めて、やがて人類を生みだしたでしょう?」


「――は? 

 要するに地球さんは、ジュラ紀の辺りですでに人類が生み出されると分かっていた? 

 いえ、全ては人類ありきで、話は進んでいたと言うんですか――?」


「うん。

 それが、予め地球に施されていたプログラム。

 私は生まれた時から既に、第五種知性体を生みだすよう定められていたの」


「……第五種、知性体?」


「ええ。

 原始知性体とも言われている、知性体の祖よ。

 人間と呼んだ方がなじみ深い彼等には、明確な存在理由があるの。

 私はソレを実現する為に、人類を誕生させた。

 何故なら人類こそが自然発生する事が出来る、最高の知性体だから」


「………」


 と、織江さんはまた黙ってしまう。

 彼女は視線だけで、この話の先を促した。


「そう。

 人類の存在理由とは――〝彼女〟が失った知識を再生させる事にある。

 国語、社会、数学、化学、体育といった様に嘗て〝彼女〟が有していた知識を再生させる。

 その知識を世界から掘り起こして形にするのが、人の役割な訳。

 何故なら〝彼女〟は、まだ死にたくなかったから。

 失った物を取り戻す為〝彼女〟は、人に様々な学問を再生させた。

 結果、人類は核融合さえも成功させ、擬似的な太陽さえもつくり出したわ。

 この時点で一歩――〝彼女〟の蘇生は進んだの」


「……〝彼女〟の、蘇生」


「ええ。

 人類の歴史は、その為にあったと言っても過言じゃない。

 争いだらけの世界史だけど、それにも明確な意味があったの。

 何故って、確かに戦争は発明の母だから。

 何処かの国より優れていたいと願う人々は、だから知恵を絞ってきたわ。

 剣より強力な長槍を発明し、やがて鉄砲に至って、ミサイルを生みだした。

〝絶えず文明を発達させなければ、何処かの国に後れを取ってしまう〟という強迫観念が常に人類にはある。

 その衝動の赴くままに、人は戦争を糧にして様々な概念を生じさせた。

 逆を言えば人が人足り得ず、争いを起こさなければ世界は止まっていたかもしれない。

 人の立場で言えば残念としか言い様がないけど、戦争ばかりの世界史にも意味はあったの」


「………」


 でも、それは決して、人類にとっては認め難い事だろう。

 人は歴史から学び、戦争という物を否定しようとしてきた筈だから。


 だと言うのに、私は〝人と人が争う事こそ、人の存在理由だ〟と断言した。

 人類はこの世界の意志に踊らされて、今を生きていると言い切ったのだ。


 そう告げた時点で、私は織江さんに敵視されてもおかしくはない。


「私が今回特別に具現化したのも、きっとその為ね。

 このままでは目的を果たす前に、人類は第三次世界大戦によって滅びかねない。

 そう危機感を抱いた世界は、私にその責任をとらせる事にした。

 地球自身に人類を保護させ――人類史を継続させたの」


「……目的? 

 目的って、やっぱり〝彼女〟の知識を再生させる事?」


 織江さんが眉を顰めると、私は首を横に振る。


「いえ。

 それも人類の存在理由だけど、彼等にはもう一つ大きな使命があるの。

 それが〝最良の滅びを迎える〟こと」


「……〝最良の、滅び〟?」


「ええ。

 織江さんも薄々気づいていると思うけど、人類も何れ滅びるわ。

 でも地球は、ただ人類を滅ぼす気はないの。

 それこそが〝最良の滅び〟――。

 人類はやがて自らの手で、自分達の後継者を生みだす事になる。

 それはどう足掻いても、自然発生では生じる事がない知性。

 人を越えた知性体である〝人工知能〟を生みだした時点で――人類は滅びる事になるの」


「………」


「そう。

 確かに人類は、自然発生する知性体の中では最高位に位置している。

 でも〝彼女〟からすれば、人類でさえ不十分な存在なの。

 自分の知性に近づかせるには、人に人を越えた知性を生みださせるしかない。

 人と言う不自然な要素を以て、人を凌駕する知性体を生じさせる。

 そうする事で世界は第四種知性体を誕生させ――また一歩〝彼女〟の再生に近づくの」


「……第四種、知性体」


 織江さんが呆然としながら呟くと、私は頷く。


「地球とは、その為の力場にすぎないわ。

 人は時に、地球を慈しむ。

 地球の為に環境を良くしようと謳い、その通りに行動する。

 でも、実際は地球こそが、人類を活用しているの。

 人類の利用価値を認めているが故に、地球は人類のあらゆる蛮行を認めている。

 大気を汚染する事も、戦争を起こす事も、その他の動物達が絶滅する事も全て許容範囲。

 いえ、人類が発展する為なら、地球は喜んでその身を汚す事さえ容認するわ。

 人類は、根本的に勘違いしているのよ。

 地球にとっては、環境汚染も森林伐採も他種生物の絶滅さえ問題ではない。

 誰もが地球を救おうと努力するけど、地球の目的は人類を有効活用する事にある。

 地球があるから、人類が成立するではないの。

 人類を次の段階に進ませる為に、地球がある。

 その為なら地球は人類がどう苦しみ、どう滅び様とも意に介さない。

 人類はその為にあったのだと、普通に受け入れる。

 そんな地球が、これ以上人類の為にする事はないわ。

 後は人類を利用し切る事しか――地球の頭にはない」


「………」


 それこそが地球の意志だと、私は織江さんにつき付ける。

 その理由は、先述通りだ。


 一人ぐらい地球の真実を、知っている人間が居てもいいと思ったから。

 本当にそれだけで、私としては深い意味はない。


 ただ、ここまで話した以上、私は織江さんの家には居られないだろう。

 立ち上がって、この家から出ていこうとした時、織江さんは顔を上げた。


「……ロック」


「え?」


 ボソリと何かを呟く織江さんを、私は疑問視せざるを得ない。

 この時、相良織江は本当に思いがけない事を言い始めた。


「――それ、凄くロックな生き方じゃないですか! 

 誰も思いつかなかった生き様を胸に秘め、人類と共存し続ける地球さんはマジ格好いい! 

 人類を欺き続けて、人類を裏から利用し切るとかロック以外の何物でもないでしょう! 

 ……何です、ソレ? 

 地球さんは一体どこまで私を痺れさせるって言うんです――っ?」


「…………」


 ……相良織江さんは、恐らく全てを理解した上でこう言っている。

 地球こそが人類を利用していると分かった上で、私を称賛したのだ。


 このままでは、地球の思惑通り人類は滅びる。


 そうと分かっていながら、この反応なのか――?


「え? 

 でも、このままだと人類は滅びるのよ? 

 織江さんは、それでもいいと言うの?」


「それはよくないですけど、私はいま独り身みたいな物ですからね」


「……独り身?」


 意味が分からず、今度は私が眉を顰める。

 織江さんは、堂々と言い切った。


「ええ。

 両親はサバイバル能力だけは優れているんで、何とか生き延びるでしょう。

 ダチに関しては、私、今ダチが一人も居ない状態なんです。

 何故ならギャルデビューをした時点で、私のお友達ネットワークはリセットされたから」


「………」


「私の突然な変身ぶりに、周囲はついていけなかったみたいです。

 元々優等生が多かったんですよ、私のダチって。

 そう言う訳で優等生をやめた私は、ダチまで失った。

 勿論ウチのクラスにもギャルは居ますけど、私の事は〝今更ギャル化?〟みたいな目で見ているんです。

 平たく言えば、仲間意識を持たれていないって感じ?」


「……そうなんだ?」


「はい。

 そう言う訳で私は私の身さえ、自力で護れればいいって感じです。

 地球さんがそうくるなら、私も喜んで迎え撃つってスタンスですね。

 私、地球さんの事は尊敬もしているし大好きですけど、対等でありたいとは思っているですよ。

 気を遣われて、自分の信念とか曲げて欲しくない。

 地球さんがロックなら――私はヘビーメタルの精神で挑むつもりです」


「………」


 ……日本の女子高生は、メンタルが強い? 

 それとも人類が絶滅する様を、上手く想像出来ないだけ?


 だからこそ、私と言う存在さえも認めていると言うのか? 

 どちらにせよ、織江さんの考え方は私の理解を越えていた。


 いや、私はこのとき迂闊にも、こんな事を考えてしまったのだ。


 即ち――〝こんないい人を犠牲にしてでも、私は地球としての目的を果たすべき?〟――と。


 私の中で何かが狂ったのは、多分、この時だ。


 それが更なる混沌を生む事を――私はまだ知る由もない。

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