骨と轍

白千ロク

本編

 僕が生まれる前から、うちの父さんは『主夫』であった。曰く、『俺は売れないラノベ作家だけど、好きなことを仕事に出来たのは母さんのお蔭だからさ、家事は俺がやるべきなんだよ』ということらしい。母さんは母さんで、時間があればきちんとやっているからお互い様というわけ。


 我が家の屋台骨は母さんであり、父さんにある。外で働いて稼ぐのが母さんで、家で働いて支えるのが父さん。ついでにいえば、僕は近所のファミレスチェーンでバイトをしておりますし、家事の手伝いもしていますよ。


 そして僕の両親はとても仲が良い。昔は数え切れないほどのケンカもしたようだが、僕は両親がケンカをしたところを見たことがない。大学ニ回生になったいまも――。目の前でイチャイチャするわけではないからいいけども。親のイチャイチャを見せられることほど複雑な気持ちになることはないだろうし……ね。


 今日もいつものようにただいまーと呑気な声を出すと、リビングの扉からおかえりと父さんが顔を出した。お玉を片手に。


「外までカレーの匂いしてたよ」

「圧力鍋は本当に便利だよなー」 


 感心する父さん手製のカレーはふたつの市販のカレールウを混ぜて作るチキンカレー。圧力鍋製だからか肉は柔らかく、味が染み込んでいて極上。


「締切は大丈夫なの?」

「大丈夫なわけないだろ。なんも書けんし、そもそも空腹には勝てなかったんだよ! 胃が痛いけどな、カレーの気分だった」

「父さんはだいたい胃を殺しにいってるよね」


 なんでこの人は胃が痛いのに刺激物を食べるんだろうな。僕にはさっぱり解らない。


 けれども誰よりも家族に甘いことは解っている。カレーが食べたいなあと母さんが呟いたのは一昨日。そして今日の晩飯はカレーである。父さん自身の不調さえも追いやってしまうんだから、甘くなくてなんなのか。ゲロ甘ですよ。


 父さんと母さんは某小説投稿サイトで出会い、結婚した。その小説投稿サイトでは一次創作も二次創作も可能で、父さんは一次創作、母さんは二次創作をしていたようだ。父さんの作品に熱心にコメントを送っていたのが母さんで、運良く書籍化の道に進んだ父さんは励まされていた。


 つまりまあ、僕はオタクの子であり、空想好きなのだ。父さんと母さんのハイブリッドなわけだし。僕が書いているものはまだ世に出さないけど。


 母さんを大切にする父さんのような男になるにはあと何年かかるんだろうか。


 まずは大切な人を作ることから始めないとな。陰キャに自然と彼女が出来る確率なんて低いんだからさあ!




(おわり)

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骨と轍 白千ロク @kuro_bun

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