9:寝ぐせとダンスレッスン


朝の移動車の中。

ほぼ寝ている状態の俺たちを乗せながら、運転をしつつモトちゃんが言った。


「今日は朝から事務所のスタジオで歌番組のリハーサルリハな。

で、それが終わったらJUNはドラマ撮影で、HARUとMASAはスタジオ移動してライブリハと打ち合わせ。途中でJUNがまた合流するから。

…あ、それと、歌番組のリハ中にちょっとだけカメラ入るから、お前ら映っても大丈夫なようにしとけよ」


いつもみたいに寝ぐせつけたまま行くなよ、と。

そう言うと、スタジオがある事務所の地下駐車場に入って行く。


…今日は長くなりそうだな。

だけど俺の隣に座るJUNはイヤホンをしながら爆睡しているから、今のモトちゃんの話ぜったい聞いてない。

やがて車を事務所のスタッフ専用出入り口付近にいったん停めると、モトちゃんが後ろを振り向いて言った。


「ほら起きろ!JUN、MASA、事務所着いたぞっ」


そう言うと、助手席で寝ているMASAの肩を揺らし、未だ爆睡中で起きる気配が無いJUNの膝を叩く。

すると、肩を揺らされたMASAが呟くように言った。


「んー…あともうちょい」

「アホか!俺が野郎相手にそんなん許すわけねーだろっ」

「俺先行ってるよ、モトちゃん」

「あ、待ったHARU、ついでに隣にいるJUN叩き起こしてくんない」

「ええ~」


JUNって一度寝たらなかなか起きねぇんだよな…。

俺はそう思いながらも、モトちゃんに言われた通りにJUNを叩き起こしたのだった。


…………


スタジオに入る前に控室に入って、リハ用の私服に着替える。

そして案の定盛大な寝ぐせをつけたままスタジオに移動しようとする2人を俺は慌てて引き留めると、なんとかその寝ぐせを直させた。


寝ぐせを頑なに直させようとする俺に、案の定モトちゃんの話を聴いていなかった2人は「何で?」「何で?」と首を傾げていたが、「リハにカメラが入るから」ということは面白いから敢えて伏せておいた。


その後いざ練習スタジオに入ると、モトちゃんが言っていた通り本当にテレビカメラが入っていた。

普段はこういうリハーサルにカメラが入ることは滅多にないが、この映像は歌番組のオンエアに少しだけ流れるため、今日だけ特別に事務所の許可が下りているらしい。


するとテレビカメラの存在に気が付いた2人は、早速「え、何でカメラ入ってんの?」とわかりやすく困惑気味。

「この映像、歌番組で流れるんだよ」とやっと俺が教えてやると、「だから寝ぐせ直せって言ってたのか!」と2人はそこでようやく納得した様子を見せた。


「ね、編集でここ切らないで下さいね。MASAとJUNはマネージャーの話聴いてないんすよ。せっかく今朝事前に教えてくれてたのに」


そして俺がカメラに向かってそう言って笑うと、それをそばで聞いていたMASAとJUNがすかさず口をはさむ。


「やめて!使わないで下さいね、まじ!」

「そうだよ、俺らが一生懸命踊ってるところだけ使って下さいね」


そう言うと、「聞いてますか?編集さん」とカメラを覗き込むJUN。

…たぶんそんなこと言ったら余計に使われるだろ。

だけどこれでひとまずウケは狙えたはず。


2人の好感度は多少下がってしまいそうだが、JUNとMASAならそれぞれ歌とダンスで挽回できるだろう。

そしてその様子をメインに放送されるのだから何ら問題は無い。

そんなことを思っているうちに、やがて歌番組のリハーサルが始まったのだった。


******


ところで、GerAdEの曲のダンスは基本的にハードで複雑だったりする。


デビューできる前から厳しいレッスンは受けていたけど、俺は特にダンスが苦手で2人よりももっと努力して覚えていかなければいけなかった。

いや、それは今でも同じだからずっと苦労していることに変わりはない。


だから正直、昔からダンスレッスンなんてのは、俺ははっきり言ってしまえば「嫌い」だった。


そして俺たちは同じメンバーであり「仲間」だけど、それと同時に「ライバル」でもあるから2人に負けたくもなかった。

だけど俺が苦手なダンスをMASAは簡単にこなしていくし、JUNも何でもできる天才肌だから、2人の方が年下なのに俺より何でも器用にこなしていってしまう。


決して珍しい話ではないのかもしれないけど、俺のそういう部分はファンの人達に見せたくないところでもある。

だから、複雑な振り付けを体に叩き込みながら、視界の端に入るカメラを見て俺は思った。


2人の盛大なのほうがまだマシで、たぶん可愛げがある。


『歌番組のリハ中にちょっとだけカメラ入るから、お前ら映っても大丈夫なようにしとけよ』


この2人は大丈夫でも、俺は大丈夫じゃない。

あまりプライベートな部分は、ファンの人達に見られたくない。


テレビカメラを抱えたスタッフなんてのは、出来れば今すぐこのスタジオから出て行ってほしい。

俺がそう思いながらレッスンを受けていると、そのうちに振付師の先生が俺に言った。


「HARU」

「?はい、」

「鏡、ちゃんと見ながら踊るんだよ」

「…はい」


…ファンの人達は、どこまで俺のことを受け入れてくれるんだろうか。

普段から鏡を直視できるほど、俺は自信なんてものを持ち合わせていない。






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