8:幼馴染の部屋にて



夢のような握手会が終わった後。

私はそのことを自慢するために、家の前を通り過ぎてすぐ隣に建っているかずくんの家に直行した。


「ねぇかずくん!」

「うわっ!?ビックリした!」


私がかずくんの部屋のドアを開けると、かずくんはベッドの上に寝転がってスマホを触っていた。

かずくんも私も一軒家に住んでいて、家がずっと隣同士だからいつも自由に行き来している(特に私が)。

私がドアを開けるなり遠慮なく部屋の中に入ると、かずくんがスマホを閉じてベッドから上半身を起こし、言った。


「っ、お前マジ、部屋入る時ノックしろっていつも言ってんじゃん」

「えぇっ、何で?私が部屋に入るのそんなに嫌?」

「……別に嫌ではないけど。っつかそういう意味じゃなくてさ」

「?」


かずくんはそう言うと、またゴロンとベッドの上に寝転がる。

「まぁいいや」と何かを諦めるように。


私はそんなかずくんを近くで見ながら、「ちょっと退いて」とかずくんをベッドの隅に追いやる。

そして、かずくんが寝転ぶシングルベッドの上に自分も寝転がれるくらいのスペースを作ると、かずくんの隣で私も遠慮なく寝転んだ。


「っ、!!ちょ、みーちゃん何してっ…」

「いいからいいから」

「良くないっつの!あ…あのな!いくら幼馴染だからってもっと危機感持ってくんない!?俺、男なんだよみーちゃん!」

「?…知ってるよ?」

「だ、だから、そんな簡単に男と同じベッドで寝るなんて、そんなっ…」


かずくんはそう言うと、私から目を逸らしてかぁっと顔を赤くする。

そして私に顔を背けるから、私はかずくんが何を言いたいのかよくわからない。

私はそんなかずくんに首を傾げると、「あ、そうだ」と再びベッドから起き上がって言った。


「あのね、今日はかずくんに報告があって来たの!」

「…あ…起きちゃうんだ」

「え、何?」

「う、ううん。別に」

「?」


で、なに?

私の言葉にかずくんはそう問いかけると、私の方を見ないままベッドに座り直す。

そんなかずくんに、私は満面の笑みを浮かべて言った。


「っ、私今日どこ行ってたと思うっ!?」

「え、今日?…さぁ?」

「やだちゃんと考えて!ね、どこ行ってたと思う!?」

「…、」


私はそう言うと、思わず無意識にかずくんにぐっと顔を近づける。

そんな私の言動に、また顔を赤くして後ずさるかずくん。


「ちょ、待っ…お前顔近い、」

「そんなことはいいから!ね、どこ行ってたと思う!?」

「…~っ、」


私はそう言って、ベッドに座ったままのかずくんを逃がさない。

だけど一方、私にそんなことを聞かれたかずくんは、顔を赤くして黙ったまま何も言わない。

…もう、絶対「めんどくさい」って思ってるでしょ!

私はそう思ってかずくんから離れると、自信満々にかずくんに言ってやった。


「しょうがないなぁ、じゃあ教えてあげるよ」

「…?」

「あのね、実は今日、私GerAdEと握手してきたの!」

「!!は、」


私はそう言うと、テンションが上がったまま話を続ける。

今度発売されるCDを予約購入するとメンバーと握手できるイベントがあって、今日は学校が土曜日で休みだったから参加してきたこと。

そしたら握手会の会場にたくさんのファンの人がいて、メンバーと握手するまでが大変だったこと。

私はかずくんに嬉々ききとしながら全てを話した。


「でね、HARUくんが身長高くてイケメンで優しくてね、MASAくんがずっとニコニコしてて可愛くてね、握ってくれた手がふんわりしてるの!」

「…」

「最後に握手したのJUNくんなんだけどね、JUNくんが私の手優しく握ってくれて、真っ直ぐ見つめてくるからもうドキドキしちゃって、言いたいことあったのに何も言えなかったの!思わず“何もないです”って言っちゃったよ!」


そう言うと、「きゃはは!」と高テンションのあまりかずくんの肩をバシバシと叩く。

しかしそんな私に対して、一方のかずくんはさっきから黙ったまま何も言わない。


もう、ノリが悪いなぁ!

だけどそれに構わずに、「もう幸せすぎてどうにかなっちゃいそう」と呟く私。

そんな私の言葉に、かずくんが黙ったまま私の方を振り向く。


「…、」

「ね、かずくん凄いと思わない?」


そしてそんなかずくんに私がそう問いかけると、やがてかずくんがやっと口を開いて言った。


「…じゃあ、みーちゃんはやっと念願のMASAを目の前にしたわけだ?」

「っ、うん!かっわいかった!まじ天使!顔小っちゃくてお饅頭みたいなの!」

「…」

「もう、来月またMASAくんに会えるなんて嘘みた~い」

「…」


私はそう言うと、「MASAくん大好き」と語尾にハートマークがつきそうな口調でそう言う。

しかし、私がそう言ってまた笑顔を浮かべた時、未だベッドに座ったままのかずくんが言った。


「…ごめん。みーちゃん今日はもう帰ってくんない?」

「え、なんで?もうちょっとかずくんも喜んでくれても、」

「俺いまそんな気分じゃないから。まじ、ごめん。帰って。お願い」

「…」

「これ以上一緒にいたら、俺マジで何するかわかんない、みーちゃんに」

「…?」


何するかわかんないって、何するの?

だけどいつになく真剣な雰囲気のかずくんに私もそれ以上は何も聞けず、「わかった」と頷くと素直に帰ることにした。


…けど。

かずくんの心情がわかってないあたしは最後に振り向いて、いつもの口調でかずくんに言った。


「じゃあね、かずくん。また明日も来るね」

「…いや来んなし」

「ばいばい」

「…ああ」


そう言うと、私はバタン、と部屋のドアを閉めた。

だからその直後に、かずくんが独りになった部屋で呟いたことを私は知らない。


「…やべぇ、GerAdEマジでムカつく…」






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