釧路「挟まれた男」

真冬の釧路は、氷点下の寒さで、夜になれば街全体が静けさに包まれる。そんな中、釧路川沿いに建つ古いパルプ工場は、夜通し稼働し続けていました。しかし、その夜はいつもと違った。


工場の深夜勤務に就いていた作業員のタカシは、寒さをしのぐための厚いコートを着込んでいました。彼はその日、工場内の古い倉庫で在庫のチェックを終え、帰宅の準備を始めていました。だが、作業を終えた彼の耳に、遠くから聞こえるかすかな叫び声が届きました。


タカシはその声をどこかで聞いたことがあるような気がして、恐る恐る声の出所を探しに行くことにしました。工場の奥、通常は立ち入り禁止の古い製造ラインへと足を踏み入れました。そこは真冬でも熱気がこもり、蒸気が立ち上る場所でした。


彼が進むと、目の前に現れたのは、かつて事故で亡くなったという伝説のある工員の亡骸のようなものでした。時間が止まったかのように、工員は作業服を着たまま、機械に挟まれて動けなくなっていました。しかし、驚くべきことに、その亡骸はまだ動き、口を動かしながら、何かを訴えるようにタカシを見つめていました。


「助けて…出してくれ…」と、苦しげな声が聞こえました。タカシは慌てて機械を止めようとしましたが、どれだけレバーを操作しても、機械は動かず、工員の体はその場に固定されたまま。タカシは震えながら、助けを呼びに戻ろうとしましたが、足が震えて一歩も動けませんでした。


その時、もう一つの恐怖が訪れました。工員の体から、生木を切り裂くような音が響き始め、パルプに加工されるかのように、その体が徐々に引き裂かれていくのです。血ではなく、木材の繊維が飛び散り、タカシはその光景に絶叫しました。


タカシが気を失うと、その幻覚は消え、工場の深夜勤務は再び静寂を取り戻しました。しかし、翌日から彼は工場に足を踏み入れられなくなり、特に深夜勤務は恐怖の象徴となりました。その事故で亡くなった工員は本当に存在したのか、あるいはその工場の歴史と共に積もった悲劇が生んだ怨念なのかはわかりませんが、以来、真冬の深夜、工場の奥からはかすかな叫び声や機械の音が聞こえると言われています。


この話は、釧路のパルプ工場で働く人々の間で、冬の夜の恐怖として語り継がれ、特に新人に対しては「夜に一人であの倉庫には行くな」と注意がなされるようになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る