廃墟の案内人
荏胡麻
事件に関する報道
死体発見現場には、犯人とは無関係と思われる二つの下足痕が残されている。
事件が発覚したのは、2019年の12月。
関西地方にある極楽寺という寺の境内で若い女性のものとみられる二つの死体が発見された。
死体は本堂の裏にある草陰に放置されており、一応死体を隠そうとする意図があったと思われるが、それにしては杜撰な状態だった。
事実、死体は翌日の朝、寺を抜けて裏の山に登っていた登山客の男性によって発見されている。
登山客は地元の住人で、毎朝、極楽寺の裏から山に入り、一時間ほど歩いて山頂にある××神社に参詣するのが日課だったという。
その日、本堂横の山道から××神社に向かった登山客は、周囲が異様に生臭いことに気が付いた。
そのときはそれほどおかしいとも思わなかったが、帰り際に再びそこを通ったときに、相変わらず奇妙な匂いが立ち込めていることを不審に思ったという。
何気なく、山道脇の草陰を覗き込んだとき、草陰から真っ白い裸足の足がにゅっと覗いていた。
驚いた男性が、おっかなびっくりトレッキングポールと呼ばれる登山用の杖で、草をかき分けると、まるで寄り添って眠るかのように綺麗に並べられた二つの死体が現れた。
男性の通報によって事件は発覚。
死因は首を絞められたことによる窒息死と推定されており、首につけられたうっ血痕によると、その手は日本人男性にしてはかなり大きいものだった。
死後、かなりの時間が経過しており、真冬のことであるにもかかわらず、死体はすでに腐敗が始まっていた。
前日の午後に極楽寺を訪れた地元住民から、夕方には腐臭もなく、死体も見られなかったという証言が得られており、死後、何日もその場で放置されていた可能性は否定されている。
夜に何者かが極楽寺の境内に死体を運んだようだ。
死体の隣には被害者のものと思われるカバンが放置されており、中から見つかった財布によって、二人の身元が判明した。
大阪府在住の大学生、岩田里佳子(仮)さんと、神奈川県横浜市在住の会社員、山上美香(仮)さん。
岩田里佳子さんに関しては、去年の十一月の段階で、家族から捜索願いが出されており、犯行時期はその前後だと考えられている。
解剖の結果、二つの遺体から同じ人物の精液が検出され、警察は同一人物による強姦殺人事件として捜査を開始する。
死体の首に残されえたうっ血痕から犯人の手はかなり大きいことが分かっており、そこから考えてかなり犯人はかなり大柄な男性と推定されていた。
事実、事件発覚から三か月後に、平岩満容疑者が逮捕された。
平岩はその後新たに、極楽寺から一キロ離れた場所で、女性を襲い、たまたま通りがかった警察官によって逮捕されていた。
平岩のDNAと二つの遺体に残っていたDNAが一致。聴取にあたった刑事が余罪を調べたところ、平岩は極楽寺周辺で女性を襲って殺害したことを自白した。
しかし、奇妙なことに平岩は遺体を極楽寺の境内に遺棄したことを否認しており、自分はそことは全く違う場所で強姦をしただけだと主張している。
平岩は強姦する際、女性の首を絞めることに快感を覚えたと供述しているが、殺す意図はなかったと主張。
岩田里佳子を襲った際も、無我夢中で岩田さんを犯していた平岩は、周囲で物音がしたことに驚いて現場から逃走。
その数時間後、岩田さんを殺してしまったのではないかと不安になった平岩は改めて現場を訪れたと供述している。
しかし、そのときにはすでに死体はなく、また同所で殺人事件が起こったというニュースがなかったことから、岩田里佳子が死んだとは思っていなかったと主張している。
岩田里佳子を襲ってから、一か月ほどが経過した後、平岩は再び犯行を犯す。
前回同様、極楽寺から五〇〇メートルほど離れた住宅地で山上美香を襲い、その首を絞めて殺害。
そのときも無我夢中で山上美香を強姦したのちに、急いで現場を離れている。
そのときにはもう山上美香の意識がなかったことを供述しているが、死んだとまでは思っておらず、現に死体が発見されなかったことから、殺人を犯した自覚はなかったという。
この奇妙な自白は、一部、死体発見現場の鑑識によって裏付けが取れている。
それが、死体発見現場に残された二つの下足痕だ。
山道には××神社に向かう登山客の下足痕とは別に、二つの下足痕が検出されている。
その二人の足跡は、ちょうど死体が遺棄されたあたりで途絶えており、極楽寺の境内から山道に至る短い区間にだけ残されている。
その日の夕方、関西の広い範囲で激しい夕立が降っている。そのため地面はぬかるんでおり、靴の形に沿って大きくえぐれた足跡から、二人が何か重いものを運んでいたことが伺える。
そのことから、岩田里佳子さんと山上美香さんの死体を遺棄したのはその二人と考えられている。
二人の靴のサイズは二六・五から、二七。
体格の良い平岩容疑者の靴のサイズは二八であることから、死体を遺棄した二人組はどちらも平岩容疑者とは別の人物であると考えられている。
平岩が事件を犯したあと、何者かが一定期間死体をどこかに隠し、しばらく立った後に極楽寺の境内に遺棄したと考えるのが自然だ。
その二人がどこの誰で、どのような目的でそんなことをしたのかは、分かっていない。
ただ、解剖の結果、二人の死因が首を絞められたことによる窒息死、そして、首に残されたうっ血痕と平岩の手の形が一致。
さらには指紋まで一致したことから、平岩が殺人事件の犯人であることは疑いようもない。
この奇妙な事件は、2020年、一月の週刊誌でかなり大々的に報じられている。
『驚愕の連続強姦殺人事件。死体発見現場に残された謎の足跡』という見出しで、報じられた記事からは当時の関心の高さが窺える。
このような事件が一部、週刊誌の紙面をにぎわしただけで、その後、続報が出ることもなく、またテレビでもほとんど報じられることなく忘れ去られてしまったのは、2019年の年末から2020年にかけて、新型コロナウィルスが世間の注目を独占してしまったためだと思われる。
ちょうど中国で謎のウィルスによる肺炎が広まっていると報じられたころで、それが世界各地で感染者が観測されていく様子が毎日のように報じられていた。
世界中がパニックに陥っていた時期と重なるため、この事件を覚えているのは一部の関係者を除いてほとんどいない。
この事件はいまだに謎が多いものの、犯人が平岩容疑者であることは疑いようもないことから、すでに捜査本部は解散しており、今後さらなる進展があることは期待できない。
あらためて週刊誌の内容に触れると、当時の捜査関係者は平岩容疑者が岩田里佳子さんを殺した後の、死体の行方を解明しようと努めている。
平岩容疑者は、岩田里佳子さんを殺害したのは、「〇州極楽ホテル」の駐車場だったと供述している。
「〇州極楽ホテル」は極楽寺の南、五〇〇メートルにある廃墟で、かつて極楽寺の参拝客のためにオープンしたホテルだった。
ここにきて、極楽寺という寺院自体の異様さも浮かび上がり、週刊誌ではその設立経緯に詳しく言及している。
捜査関係者は遺体は長らくその廃墟に置かれていたと考えており、2020年の五月に、「〇州極楽ホテル」への立ち入り捜査を実施している。
しかし、具体的に死体が安置されていた場所は特定されておらず、毛髪や、血痕といった証拠も見つかっていない。
かわりに廃墟の中では、男性の遺体が首を吊った状態で発見されている。
死体の状況から、死後二週間ほどと考えられており、自殺の可能性が高いという
五月にはすでに平岩容疑者は逮捕されており、極楽寺で二人の遺体が発見された時期からは四か月が経過している。
さらに自殺した男性と岩田里佳子さん、山上美香さん、平岩容疑者らとの接点が見つからず、「〇州極楽ホテル」が自殺の名所として有名であることから、事件とは無関係の自殺として処理されている。
結局、平岩容疑者が二人の女性を殺害した後、誰がどのような目的で死体を隠し、しばらく経過したのち、なぜ改めて極楽寺に移動させられたのかは全く分かっていない。
極楽寺周辺の土地では、以前にも猟奇的な殺人事件が起こっている。
二〇一四年に起こった女子中学生連続殺人事件は、当時の報道を少し調べるだけでかなりの記事が目にできる。
事件の猟奇性もさることながら、犯人が未成年だったことが、大きく話題となった。
それ以外にも何かと曰くのある地域で、怪談や心霊現象など、不可解な出来事が度々起こる場所だった。
極楽寺を含むその地域一帯には、自殺の名所として有名なビルやマンションが固まっていることもあり、心霊ファンの間では以前から有名な場所だったという。
当時の週刊誌の記事から分かる内容はざっとこのようなものだった。
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