第8話 【来訪者】

 俺は『ダンジョン』のど真ん中で膝をつき、手で顔を覆って思考を巡らせる。

 どうなってるんだ……なんでこんな簡単にワイルドボアを倒せるんだ!?


 ワイルドボアに挑戦している動画は観たことがある。

 冒険者は平均四人でパーティを組み、モンスター討伐に当たるのだが……ほとんどの冒険者がワイルドボアに苦戦していたはずだ。

 死にかけた者もいるし実際に死んでしまった者もいる。

 だからあっさりと楽々倒せてしまう俺がおかしいのだ。

 何が起きている。俺に何が起きている?


「少し異常だな。ワイルドボアを倒すのは私でも一撃とはいかないぞ」

「だよな。俺の体がおかしいんだよな」


 変な物を食べた記憶はない。

 変わったことと言えばルーシアに豆菓子を食べさせてもらったぐらいか?

 でもあれはただの豆のはずだ。何の豆かは定かではないが、なんの変哲もないものであった。

 他に変わったことと言えばエリスと出逢ったぐらいか。

 やはり考えれば考えるほど意味が不明。

 自分が強い理由が分からない。


「今日のところは帰るとするか。英二も困惑しているみたいだし、もう冒険どころじゃないみたいだしな」

「そうだな。そうした方がいいよな」


 これだけ頭の中がこんがらがっている状態で冒険をしていたら危険すぎる。

 一歩間違えたら死んでしまう環境で、迷っている場合ではないのだ。 

 なのでエリスの提案通りここは戻るのが正解であろう。


「じゃあ帰ろうか。入り口まで戻ったら配信も終わりにしよう」

「分かった。すまないが皆、今日の配信はそろそろ終わりだ」


”楽しかったよエリスちゃん”

”英二も強くて面白かった”

”いいチャンネルに出逢えたことに感謝”

”チャンネル登録しておいた!”


 温かいコメントが溢れている。

 人との繋がりは希薄であったが、やっぱりあればあったで嬉しいかも。


 俺はエリスの後ろについて『ダンジョン』の入り口へと戻ることに。

 温かい気分であり、もっと配信を続けたい気持ちもあったが今日はこの辺りで終わりにしよう。


 しかし事件は帰り道に起きてしまった。


「あれは……?」

「どうしたんだエリス」


 エリスの足が止まる。

 何があったのかと彼女の視線の先を確認してみると――見たこともないモンスターが出現していた。

 見た目は二足歩行するワニ。

 爬虫類らしい肌で尻尾も生えている。

 だが不思議なことに人間が装備するような鎧を身に纏っていた。

 背中には槍を背負っており、それを見た俺の背筋には寒いものが走る。


「まさか……【来訪者ストレンジャー】!?」


 【来訪者】とは――突然『ダンジョン』内に現れる特殊なモンスターのこと。

 普段出現するモンスターとは違い、【来訪者】の姿には一貫性が無いとされている。 

 他にはフロアのボス的な位置づけをされている大型モンスターもいるのだが……こんな場所に大型モンスターが出現するはずもないし、冷静に判断してあれは【来訪者】に違いない。


 その強さは千差万別。

 強い【来訪者】もいれば弱いのもいる。

 なので【来訪者】を発見した時は逃げるのが最善とされているのだ。


「貴様は……そうか生きていたのか」

「お前は誰だ?」


 【来訪者】はエリスの顔を見るなり目を細めてそう言う。

 当然記憶の無いエリスは相手のことを知るはずもなく、剣を抜いて身構える。


「やはりトドメはしっかり刺してやらないとな。殺してやったつもりなのにのうのうと生き延びているとは」

「そうか……お前は私の敵なのだな」


 エリスの目元が険しいものに変化する。

 彼女を殺そうとしたってことは、怪我をしていた原因はこいつにあるってことか。

 【来訪者】の出現にエリスは怪我をして記憶を失った。

 そう考えるとエリスレベルの冒険者が一階層で倒れていたことに説明がつく。


「エリス逃げよう。【来訪者】は相手にしない方がいい」

「だが相手は私を殺そうとしていた者……記憶には無いが体が何となく覚えている。自分の仇を取れと心が騒ぐんだ」

「だけどそれでまた怪我したら――ああ!」


 エリスの瞳には復讐の炎が宿っていた。

 俺の制止を振り切り、【来訪者】に向かって駆け出してしまう。


「ふん。貴様は覚えていないだろうが、俺の方が数段強いぞ」

「それがどうした。数段強いとしても勝てばいいのだからな」

「前回俺にやられた時と同じことを言っている。となれば再び貴様の敗北は確定だな」


 エリスの動きは速い。

 【忍者】である俺よりも速かった。

 まだある程度レベル差があるからだろう。

 だがそんなエリスの動きも相手には完璧に読まれている。

 相手の左に行くと見せかけて、低い体勢で右側へと滑り込むエリス。

 しかし敵の視線はエリスを捉えている。

 剣を振るうエリスであったが、相手が自身の背にある槍に軽く手にかけ、エリスの腹部に槍の柄を突き刺す。


「がはっ!」


 吹き飛ぶエリス。

 壁に叩きつけられ、頭を打ってしまう。

 このままではエリスが死ぬ!

 そう考えると俺は居ても立ってもいられなく、気が付けば相手の頭目がけて短刀を放り投げていた。

 それは素人の一撃。武器を投げるなど愚の骨頂。

 勢いよく飛んで行く短刀であったが、【来訪者】は槍を手に取りそれを弾き返そうとする。


 ガシャッ!

 

 という音と共に粉砕される槍先。

 俺が投げた短刀の威力はすさまじかったらしく、相手は大きく眼を見開いている。


「バ、バカな……」


 愕然とする敵を俺は見逃さなかった。

 チャンスはここしかない。

 偶発的に生まれた隙。

 俺は全力で駆け、一瞬の硬直をしている相手の腹に拳を叩きつけた。


「ぶはぁあああああああ!!」


 腹の部分が爆散し、大きな穴が開く。

 【来訪者】さえも一撃で倒すことができた。

 ここは喜ぶところかも知れないが、それよりもエリスの方が心配だ。


「エリス、大丈夫か!?」

「……問題無い。それより問題なのはやはり英二の強さだな」

「エリスが無事だったらから。今はそれ以外のことはどうでもいい」


 口元から少し血を流していたが、それ以外は別段平気そうだ。

 俺は安堵のため息を吐き出し、彼女と顔を合わせて笑みを浮かべた。

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