【短編】絶対零度の炎使い FIRE生活のゆくえ
サチオウ
第1話
3カ月前、俺は会社を辞めた。だがネガティブな状況でやめたのではないFIREだ。
FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとった言葉で日本語では「経済的自立と早期リタイア」とか訳されている言葉だ 。
簡単に言うと『お金あるから仕事をやめて生きていくぜ』というやつだ。
突然大きな金が手に入ったというのではない。中小に分類される金融機関に勤め、それなりに一生懸命働いた結果だ。
俺が勤めていた会社はまだ昭和を引きずっていて年功序列で管理職になったのだが、中間管理職は世間で言われているようにハードだ。上司と部下の板挟みに合い何ともメンタルが削られる。いい転職先があればと考えたことはあるが、身に着けたスキルが、おやじギャグと言われるようなダジャレぐらいしか思い浮かばない俺では難しいだろう。
ダジャレあれはいい。どんよりとした職場で思いついた時の高揚感、そして口に出した時の場の雰囲気。何とも心地いい。
いや、今その話はどうでもいい。話を元に戻そう。転職はなにかと気が進まなかったが色々調べているうちに気づいたのがFIREだ。
仕事以外では地味な生活をしていた俺は独身だっこともあり、気が付けばそれなりのお金が貯まっていた。その一部をインデックスファンドなどへの投資に回しつつ、リスクを考え手元にもそれなりの資金が残こるようお金を貯め、めでたく会社を辞めFIRE生活に入ることができたというわけだ。
この生活の醍醐味はやはり自由な時間だろう。俺は有り余る時間を使ってネットにあふれる小説や漫画を片っ端から読んで埋もれたお宝を発掘するというささやかだが贅沢でもある生活を送るようになった。外に出るのが面倒だった俺はネットで日持ちする食材を大量に買い込み部屋から出ることなく1日の大部分をベッド上で過ごしていた。ぐうたらの才能があったのだろう。しかし、さすがに3カ月もその生活を続けていると気分転換がしたくなり、外に出ることにした。
このとき、すでに違和感は感じていたのだが、うまく歩けないのだ。そう3カ月もベッド上で生活していた結果、足の筋肉が落ちていたのだ。まあ、歩けないことはないので近くのコンビニまで行くことにしたのだがこれが失敗だった。不幸にも突然の暴走トラックに出くわしてしまう。ちょっと前の俺なら避けられたタイミングだったのだろうが今の運動能力ではどうにもならなかった。
ここで俺の短いFIRE人生が終わった。
と思ったのだが、どうやら死んではいないようだ。 気が付くと真っ白な空間におり、何かよくわからないものが話しかけてくる。
「おお、気が付いたか」
何これ?怖いんだけど。わけわからないし。
「怖がる必要はない。わしは神様じゃ」
いやー、自分で神を名乗るって、あやしいことこの上ないんだけど......
返事をする気にもなれなく黙っていると神様とやらは勝手に話し出した。
「お前の魂はFIRE、FIREとずーっと叫んでおった。よほどの未練があったじゃろう。だから特別に異世界で人生をやり直しをさせてやろう。要望通り、炎使いのスキルを付与しておいた。なお、職業柄お金は必要だろうから多めにサービスしておいたぞ。では頑張ってこい」
いや、FIREって火のことじゃないから。
と突っ込む間もなく俺は異世界に飛ばされた。
飛ばされたのは大きな町の近くの荒野。
目の前に町があるし問題なさそうだ。
こういう場合アレだ。まず自分の能力を確認するのがお約束だよな。
「ステータスオープン」
と呟くと目の前に文字が表示される。
おー本当に出たぞ。
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シュゾク : ハイヒューマン
ジョブ :ユウシヤ
Lv.1
HP:10/10
MP:10/10
スキル :ホノオ 0KI
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なんだこりゃ、半角カタカナってすごく古いシステムじゃないか。大丈夫か?
それよりもハイヒューマンの勇者ってことは人生楽勝じゃねーか?
とりあえず炎のスキルを使ってみるか。
「ファイヤー」
なにも起こらない。使い方が違うのかもしれない。
えーと、それから、0KIってなんだ?おき?
あの神様とやら何にも言ってなかったな。わからんがまあいいか。
この分だと俺はこの世界で炎の勇者とか呼ばれるのではないか?気をよくした俺は、そこら辺にあった棒を拾い上げ剣のように振り回す。
「これが本当の
ヒュー 冷たい風が吹き抜けた。
今の風、俺のダジャレに反応した?
この空気感は覚えがある。間違いない、ダジャレを言った後の空気感だ。
お約束的に冒険者ギルドに行くつもりだったがその前に武具屋を見つけてしまった。
ちょっと確認しておこう。
そういえばお金を多めにしてくれたとか言ってたよな。どこにあるんだ。
良かった。あったぜ!
「お金がねーと、おっかねーからな。ははは」
ヒュー 冷たい風が吹き抜けた。
間違いない。やはり俺のダジャレに反応している。もしかしてスキルの0KIの0はオーではなくレイで冷気の変換ミスか?
扉を開け、武具屋に入ると、様々な武器や防具が置いてあった。
「いらっしゃい」
店のおやじが挨拶をしてきた。
「痛て」
置いてあるブーツに足をぶつけてしまった。
「ふふっ、ブーツにぶつけた」
少し、気温が下がったような気がする。
「楯は横にしてもたてだな」
少し、気温が下がったような気がする。
「銅の剣ってどうなの?」
少し、気温が下がったような気がする。
「寒いじゃねーか!冷やかしなら出ててけ!」
ここのおやじなかなかやるな。寒いと冷やかしをかけてきやがった。
追い出されてしまった。まあ俺のダジャレに反応してくれただけでも良しとしよう。
そして冒険者ギルドへ向かう。
とりあえず中に入ってきょろきょろしていると、温和な顔のおやじが近づいてきた。
「あんた、みない顔だね。一人かい?」
「ああ」
「俺はパーティコーディネーターだ。組みたい職業のやつがいれば紹介してやるぞ」
ほー、ここにはそんな仕事もあるのか。お約束としては勇者パーティで行動するから仲間は必要だな。試しに紹介してもらうか。
「戦士と魔導士を紹介してくれないか?」
「おう、お安い御用だ。ついてこい」
牛の獣人の前につれて来られた。
「彼は立派な戦士だ」
ほう、戦士か確かに筋骨隆々で強そうだ。
「お、お、俺と、パーティを組みたいのか?俺でいいのか?」
ん?なんだ戸惑っているのか?
「どうだ、お前さんの要望通りだろ?」
「ん?要望といっても職業しか言ってないが?」
「よく見てみろ、お前さんの言った『戦士戸惑う牛』じゃねーか。がっはっは」
「ぐぬぬぬ」
すげーどや顔してやがる。このおやじやるな。この世界レベルが高いぜ。
「他にも紹介してほしいか?」
「ああ、それじゃあ上級職のやつはいるか?」
「ネクロマンサーなんてどうだ」
おっ、すごい職業が出てきたな。
「おう、頼む」
すると今度は指を差して
「あいつだ」
と言うのでそこへ行ってみた。
近づいても反応がなくうつむいてぶつぶつ呟いていた。
「僕なんかもうだめだ……」
落ち込んでいるのか?ちょっと声をかけてみることにする。
「あなたがネクロマンサーの方ですか?」
「いえ、僕はただの根暗マンさ」
ふー、どっと疲れが出てきた。
なにもなかったことにして冒険者の登録のため受付に向かう。
受付にいたのは少し目つきのきつい若い女性だった。
うーん、この辺りは定番っぽいな。
「冒険者の登録をお願いしたいのだが」
「はい、では、ステータスを見せてください」
俺はステータスを自信満々に提示した。
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シュゾク : ハイヒューマン
ジョブ :ユウシヤ
Lv.1
HP:10/10
MP:10/10
スキル :ホノオ 0KI
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「うーん。冒険者向きではありませんね。商業ギルドに行ったの方がよろしいのではありませんか?」
ん?どういうことだ?
「なぜハイヒューマンで勇者の俺が商業ギルドなんだ?」
「ハイヒューマンと大声で言わないほうがよろしいかと......」
「なぜだ?」
「漢字で書くとこうですから」
といって書いてくれたのを見ると
まじか、あの神様のやつ俺を廃人認定してやがったのか。うーん。でもそう言われるとあながち間違ってもいないか......いやいや。
「じゃあ、勇者なのに冒険者にふさわしくないというのは?」
「よく見てください。最後の『や』は小さくありませんよ。これは勇者ではなく融資屋です。お金を貸す仕事なら商業ギルドですよ」
なんだと融資屋だと紛らわしい。あっ、神様のやつ職業柄お金は必要だから多めにとかいってやがったな。まさかこんなオチとは......。
しょうがない。明日、商業ギルドに行くか。
俺は冒険者ギルドから出て宿を探した。しかし、満室の宿が多く。なかなか見つからない。ようやく5軒目に訪れた古い宿屋に泊ることができた。
「ふう、宿泊するのにも四苦八苦だぜ」
ピュー さすが古いだけはあるな。隙間風が冷たいぜ。
ベッドに寝転んでふと気が付く。これは金融会社で働いていた俺が現代知識を使って銀行を設立するチートパターンじゃないか?
そして、次の日、商業ギルドへ行くが、何の実績も人脈もない俺は門前払いされた。やはり誰でもなれるという冒険者しかないか。
そして冒険者になって1カ月。俺に危機が迫っていた。弱者な俺は、神様からもらった金を装備につぎ込んでしまったのだ。つまり金がない。魔物狩りもうまくできず、節約のためギルドの古小屋を格安で借りていたのだがもう限界が来ていた。今日は家賃の支払いを待ってもらうように冒険者ギルドマスターへお願いに来ているのだ。
「なんだ火の車じゃねーか。さすが炎使いだな。ガハハハッ」
こいつブラックなジョークで返してきやがった。
しかし、この火の車こそ俺の第2のFIREな人生だった。
完
いやいやいや、これで終われない。
俺はギルドマスターに何とかならないか改めて交渉する。
「じゃあ、『魔物にとらわれた騎士の奪還』のクエストでも受けてくれ。そうしたら今月分の家賃は勘弁してやる」
「俺、魔物に勝てる自信がないのだが」
「大丈夫、相手は植物系の魔物でほとんど動かないから間違ってつるを踏まなけりゃ大丈夫だ。ただ臭いから誰も依頼を受けたがらないだけなんだ。」
そう言ったあと、植物の絵を見せてきた。高さは2mほどあるという巨大な一つの花の魔物で花の上部にある赤い部分に破魔の矢を打ち込めば倒せるそうだ。また根元付近からつるが地面に伸びており、これを踏んでしまうと捕まってしまうらしい。
「破魔の矢はサービスだ」
といって矢をくれた。
俺が不安そうな顔をしていたのか
「心配なら神殿で神様にお祈りでもしてこい」
と言われてしまった。
そういえば神様か、文句の一つでも言ってみるか。そう思いギルドを後にして神殿へ行った。
「神様どうか私を助けてください」
何も反応はないか?
じゃあ少し文句を言ってみよう。
「神様、俺のステータスに不備があります。0KIというのは変換ミスですよね。それから融資屋というのも俺、退職したんでおかしいです」
「おお、すまん、確かに0KIは変換ミスだ。しかし融資屋というのはまちがっておらんじゃろ。たしか退職日だったのでまだ社員だったはずだが......おーすまん、確かに転生の手続きをしたときにはもう日が変わっていた。とは言っても今更大きな変更はできん。まあ、今日受けたクエストの様子を見て考慮してやろう。また明日神殿に来るがいい」
まさか反応があるとは......言ってみるもんだな。
俺は生活が苦しくなってから炎の技が2つ使えるようになっていた。
一つは灯火。これは明かりとして使える。しかし風に弱い。
もう一つは火の車、これは車輪みたいな火を出す攻撃だ。
クエストの場所はダンジョン入ってすぐのところ。灯火で照らすと簡単に見つかった。
聞いていたように悪臭が立ち込めている。
臭いを我慢しながら、注意深く、火の車でつるを焼き払らって近づき、花の上部を破魔の矢で射貫く。すると猛烈な悪臭を放ち花は枯れた。おっさんをつるから解放し、おっさんの手を握る。
「悪臭の中で握手」
ヒュー 冷たい風が吹き抜け、臭いが少しおさまった。
スキルの使い方がうまくなったぜ。
貧乏な俺は花の上部に刺さっている矢を抜いて回収し住処である小屋に帰る。
クエストクリアだ。とりあえずひと月分の家賃危機は脱した。
次の日神殿に行くと神様から声がかかった。
「ステータスを確認してみるがいい」
俺は言われるがままにステータスを開く
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シュゾク : ヒューマン
ジョブ : ユウシャ
Lv.1
HP:100/100
MP:100/100
スキル :ホノオ 0K
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「お、廃人から普通の人になってる」
まあ、今は廃人と言われるような生活はしていないから当然だな。
「ん?『ヤ』が小さい『ャ 』に変わっている?」
「昨日のおぬしの行動による結果じゃの」
「あの植物の魔物を倒したからか?」
「いや違う。昨日、魔物を倒したあとの行動じゃ。
魔物上部の矢をとって小屋にかえったじゃろ」
「ああ、それがなにか?」
「ジョブのヤをとって
……こいつ何言ってやがる。そんなのでステータスが変わるのか?
「ん?0KIも何気にIがなくなってるな。これは?」
「それは射貫いたからじゃ。I抜いたのじゃ」
「.......」
「これの意味する所はゼロケルビン。0K=絶対零度。冷気よりずっと強力なスキルなったぞ」
うーん。それってダジャレの反応としていいのか?
それでも全体としてかなり改善した気がする。
「ここまでステータスを変えていただけるとは思ってもみませんでした」
「なあに、『騎士の奪還』のクエストをクリアしたじゃろ。あれは『騎士返せ』のクエスト。いや『起死回生』のクエストだったのじゃ。ガハハハッ」
まじかよ。そんなオチなのかよ。
こうして後に『絶対零度の炎使い』と呼ばれる勇者が誕生したのである。
しかし、有名になった後、すぐに姿を消したという。
一説によるとお金が貯まったのでFIRE生活をしているのだとか.......
完
【短編】絶対零度の炎使い FIRE生活のゆくえ サチオウ @sachioh
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