君の一撃


バイト先のバックヤードは、常に強烈なミントの匂いがする。

その消臭剤は、他の匂いが一切存在しないかのように、全てを消し去ってしまう。


「お、相田くんおはよう、今日も1日ウチの最前線で戦ってくれよなー」



陽気に話しかけてきた佐藤店長、僕はこの人を結構気に入ってる。


若者の感性に標準を合わせようとし、空振りするその姿勢はすごく愛嬌で溢れてる。

このタイプの大人は、好かれるかすごく嫌われるかのリスキーな2択だが、店長は間違いなく前者だ。



もちろん、店長がみんなのご機嫌を取りに来るのも、なんとなくわかる。

夏の勤務が最も人が辞めていく時期だ。

人々が顔を真っ赤にし水分と塩分を求め彷徨う。

そんな人々のオアシスとなるコンビニは、店員側に立ってみると、地獄そのものだ。


「相田さーなんかあった?いつもと様子が違いすぎるけども」


黒沢が声をかけてきた。

彼は1年前この店舗にやってきて、同じ学生というのもあってよくシフトが被る。


「いや、別に何も変わらないよ。ただ、早く帰りたいだけ。そもそもお前に俺のことなんてわかるわけないだろ」



「それなりにわかるよ、なんで喧嘩腰なんだよ。別に揚げ足取ろうってわけじゃないよ。ただ普段のお前なら、この忙しさに直面したら、1人でずっと客の悪口言って、あからさまに機嫌悪そうじゃん」

「でも今日のお前、中身がない感じ」


黒沢の視線が鋭利になる。

人の本質を見抜こうとする、その目、やけに怖い。


「別に、今日は疲れてるだけだよ。夏期講習だったり、人間関係の悩みで」



「そうなんだ。まあよく分かんないけど、自分が納得するまで考え込んで、それでも無理だったら、人に話せよ。それが最善なんだから」



黒沢は俺のこと励ましてるつもりかもしれないが、僕の全てを見透かしているような口ぶりに、腹が立った。

その無意識な自信が僕を更に苛立たせる。


その時、僕の不穏な空気を一瞬にして、握るように。

周囲の不快感を全て取り払うかのように。

僕の前にもようやく、オアシスが現れた。




「よーう、会いにきたよ」



そのオアシスは、暑さで熱った肌がとても赤白く、全ての光を吸い込んだかのように透き通っていて、普段サラサラの前髪は片手で数えられるほどの束になっており、すさまじい愛らしさを持っていた。


「お、清水くん。ここの店舗、口頭だけで分かったんだ。すごいね。部活終わり?」


「うん、さっき終わってそのまま来た。で、あるの?デカクラゲの一番くじ!」


キラッキラに光らせたその目を、僕が受けるのは少し贅沢すぎる気がした。


「もちろんあるよ、好きなだけ引いてよ」


さっきまでの黒沢との会話の苛立ちは、オアシスによって揮発した。





「いやー3回ともC賞か、まあキーホルダーなんていくつあってもいいよな、相田くんは引いた?これから引く?」


「あー僕は今度引くよ、もしラストワン取れたらあげるね」


別にデカクラゲ興味ないけど、君の反応が見たくて、そう答えたんだ。


「相田くんこんなに話してくれる人だと思わなかった、俺にあんま興味ないのかと思った。」



その一言に、僕はとても驚いた。そんな風に思われていたなんて。


「え、全然そんなことないよ、もっと清水くんのこと知りたいし仲良くなりたいよ。なんでそう思うの?僕が君に興味ないなんて」



それが僕の純粋な気持ちだった、この一言が君を挑発したんだろう。



「だって相田くんから絶対話しかけてくれないじゃん、警戒してるのかな?って思っちゃうよ。

今日だってさ、俺色んな人に聞かれたけど、相田くんにだけ聞かれなかったんだよ」


「なんで私服で夏期講習来てるの?って、相田くんだけだよ、聞いてこなかったの」




その一撃は、予想だにしたいタイミングで、そしてとても重く響いた。

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